引かない女
エンマクで身を隠し、ハッソウを使ってアルファ・ポイントへエントリー。
柱の裏で待つ敵をダウンさせた。
までは良かった。
「いい加減、引くことも覚えろ!」
あまりに大胆な動きをする声呼に、後ろから見ていた樹那は思わず声を荒げる。
「いや、今はチャンスですって!」
「もう一人いるかもだろ!」
身を隠すものも無いというのに、そのままさらに奥へ侵入していく声呼。だが、それはあまりに無謀だった。
「あっ」
アルファ・ポイントの最奥で待ち受ける敵に、頭を見事に撃ち抜かれてしまった。
オンライン対戦での練習を始めてから、こんなシーンはもう何度目か。
樹那はこめかみ辺りに痛みを感じた。
「ほら見ろ……」
「あはは」
「あはは、じゃねぇ!」
樹那は声呼の頭を、握った拳の中指で軽くノックした。
まるで中身がちゃんと入っているか、確認する作業のように。
「痛っ! 先輩! そりゃパワハラですって!」
「この程度でガタガタ抜かすな!」
「お二人とも、まだ試合中です。お静かに」
「おっと、スマン。麗羅」
声呼はやられたものの、まだお互いに倒れたのは一人だけ。
このラウンドはまだどちらが優勢とも言えない。
(やれやれ。こりゃ麗羅の言った通りだな)
猪突猛進、ただし一対一なら撃ち負けない。
それが声呼の特徴だった。
すでにそのことを知悉している麗羅は、作戦にも声呼の動きを織り込み済みだった。
アルファ・ポイントを分断するようにギフト・ヴァンド――視界を遮り触れる者に毒のダメージを与える壁――を展開、その後方にビーネン・ナーデル――爆破地点に毒の沼を作り出すグレネード――を投げ入れる。
「アルファ・ポイント、サーチャーで手前側索敵。良瑠以外はエントリー」
真希波はサーチャー――狼を操り、噛みついた敵を四秒間行動不能にする――を使用した。これは破壊可能であるため、すぐに敵に対処される。が、それはそこに敵がいることを示していた。
もう一人、確実にいるのは声呼を倒した敵である。大体の位置は掴めているので、そこを良瑠はジュピターというスナイパー・ライフルで狙っていた。ギフト・ヴァンドによりお互いに姿は見えなかったが、それが消えた瞬間、良瑠の弾丸は見事に敵を撃ち抜いた。撃たれた方は、どこから撃たれたのかも理解できなかった。
良瑠は興奮気味に報告した。
「一人ダウン!」
「よし。奥から友愛。それ以外は手前から攻める」
手薄になったであろう、奥側は一年の友愛に任せ、三人で敵が潜む手前側を掃討しようという狙いだ。
友愛は慎重に奥へ向かう。その間、手前側で先頭を行ったのは真希波だ。
重要アイテムであるアーティファクトを持っているのは麗羅だったし、良瑠はディフェンダーだ。先にダウンさせるわけにはいかない。
決してエイムや反射神経に優れているわけではない真希波だが、後ろに仲間がいるのは心強い。
仮にダウンを奪われても、麗羅ならなんとかしてくれるだろう。さらに良瑠もなんだか最近は頼もしくなっている。
そういう思いが真希波を落ち着かせた。
手前奥の通路から飛び出して来た敵を冷静に対処。続けざまにその奥から出てきた敵にダウンさせられるも、相手の体力を半分以上奪った。
「ナイス」
麗羅はそう言うと、二人目の残り体力を削り取った。
残る敵は一人のみ。だが、姿が見えない。
どこかに潜み、数少ない機を伺っているのだ。
ならばと麗羅はロケットを設置し始める。
設置にかかる時間は四秒。
残りの三人は周りを囲み、警戒する。だが、姿は見えない。
設置から爆破するまでの時間は四十五秒。
どの程度の時間が経過したかはロケットから鳴るビープ音の速度で分かるようになっている。
設置から二十五秒までは秒間に一ビープ音。
二十五から三十五秒では秒間に二ビープ音。
三十五秒から四十秒では秒間に四ビープ音。
四十秒から四十五秒では秒間に八ビープ音。
秒間八ビープ音になっても敵が現れない。
「あら。諦めたようですわね」
半分を解除するのに三秒半かかる。さらに半分も同じ時間がかかるので、完全解除までは七秒かかることになる。
半分まで解除が進んでいた場合、途中で阻害されたとしても続きは半分から開始されるため、三秒半で解除できる。
解除は少しも進んでいないため、残り五秒になった時点ではすでに負けは確定、ということである。
「ま、確かに声呼の動きは危なっかしいけど、十分勝てそうじゃない?」
そう言いながら、樹那は声呼の頭をグシャグシャにかき回した。
「ちょ! 先輩! 止めてくださいよ!」
声呼は焦りながら手ぐしで髪を整えた。
学校が始まってからはきちんと毎日、洗髪こそしているものの、面倒なので切るのは自分で適当にやっていた。
それゆえ、長さは不揃い。右側は肩まで届くほどの長さがあるのに左は顎の下くらいまで、という不格好な髪型である。
そんなだから樹那も遠慮なしに触れるのだった。
「いえ、先輩。これで12ラウンド終わりましたので、次からこちらの防衛になります」
麗羅の口ぶりに、樹那は嫌な予感がした。
(攻撃はともかく、防御でもコレだとしたら?)
そして、それは的中することになる。
「うおらあああ!」
「バカ! 声呼! 待て!」
じっと待つことの出来ない声呼と、それを叱りつける樹那。
その二人の大声が部室内に響き渡った。
プレイヤーはヘッドセットを着用していたが、それ越しにすら聞こえる騒音。
ヘッドホンの片耳をずらし、その声に眉をひそめる者たち。
その発生地である声呼たちには、部員からの冷ややかな視線が集中したのだった。
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