麗羅の評価
大会まであと一週間と迫った、その日の放課後。
部室に入った樹那は、いち早くPC席に座る麗羅の姿を見つけた。
眼鏡が柔らかな春の日差しを反射し、彼女の目を隠している。
薄い唇も真一文字に結ばれ、そこから感情は読み取れない。
一流ピアニストのようにキーボードを叩くしなやかな指先からは、今女二学年トップの成績を誇る彼女の知性を感じさせる。
樹那は作業の邪魔をせぬよう、努めて静かに歩いて彼女の隣に立った。
「よっ。早いな。麗羅」
麗羅は一瞬だけディスプレイから目を離し声の主を確認したが、すぐに興味を失ったかのように画面へ意識を戻した。
そのままキーボードを叩きながら言う。
「ご機嫌麗しゅう、先輩。せっかくPCが使えるのですから、早く参りませんともったいないですので」
「そろそろ大会も近いんでな。無理言って五台、予約をねじ込んでもらったんだ」
「流石の交渉力ですわ、先輩」
口ではそう言っているが、麗羅の声色には感情というものが欠落していた。
樹那もそれには気づいているが、いつものことなので気にもとめない。
「他の連中はまだみたいだな」
「ええ、そのようです」
「じゃ、今のうちに聞いておくか。一年の三人、どうだ?」
「どう、というのは人間性のお話ですか? それともゲーマーとしてのスキルのお話ですか?」
「もちろん、ゲームよ。あの三人から一人はレギュラーに入れないといけないからな」
「かしこまりました。これまで彼女たちと一緒に練習してきたわたくしからの所見をお伝えします」
「うん、じゃあ声呼から聞こうか」
「有永声呼」
エンターキーを強く叩く音を最後に、キーボードの音が止まった。
「一言で言うならば、猪突猛進、ですわ」
「脳筋タイプか」
「そうとも言えますわね」
「そんな気はしたんだよなー。ならストライカー向けかな?」
CEに登場するコントラクターには、その能力に応じて役割があった。
先頭に立って相手を倒しに行くストライカー。それに続いて攻めたり、ときに裏から攻めるバランサー。索敵能力に優れたリーコン。そして狙撃や回復を行うディフェンダーである。
「わたくしも同意見です。というよりも、それ以外は無理かと」
「手厳しいねぇ」
「ですが、エイム、反射神経、動体視力、いずれも高い能力を持っていると思います。正面からの撃ち合いでしたら、樹那先輩すら確実に勝てるとは言い切れないかと」
「ほー。そこまで言うか」
「ええ。高校生の中では突出していると思います」
「そりゃ楽しみだな」
「そのためダウンも多く取るのですが、無謀な攻めが目立ち、ダウンを取られることもままあります」
「その判断ができれば、か」
「ええ。ですのでそのあたりを重点的に鍛えておりますが、なかなか」
「難しいか?」
麗羅は眼鏡の端を人差し指と中指の二本で上げた。
「ええ。せめてもう少し知性があれば」
樹那は苦笑した。
「友愛は?」
「角谷友愛。彼女に足りないのは知性、エイム、状況判断、立ち回り、反応速度、動体視力――」
「お、おいおい。良いところは無いのか?」
「元気が良いところですね」
「そ、それだけ?」
「それだけとおっしゃいますが、それもまた才能です。彼女は良いムード・メーカーになると思いますよ」
「ほほう? 真希波みたいなタイプか」
「真希波よりは、ゲームは上手いですね」
同学年に対してもまったく容赦はない。
しかし、それは彼女の正直さからくるものだった。
それを知っていたから、樹那は二人だけのときにこの話をしたのだ。
「役割的には?」
「バランサーかリーコンがよろしいかと」
「ふむ。良瑠はどうだ?」
「氏神良瑠は……」
麗羅は言葉に詰まり、左手の人差し指を鼻筋に沿わせるようにあてた。
「どうした? お前にも分からないのか?」
「いえ。信じていただけないかもしれませんが、私には鶏群の一鶴に見えます」
「けいぐんのいっかく? どういう意味だ?」
「鶏の群れの中にいる一羽の鶴。つまり、凡人の中に、一人だけきわだって優れた者がいることのたとえですわ」
「ええ?」
樹那は思わずのけぞった。
こと他人の評価に関してこの麗羅が間違ったことはない。
私情を入れず、感情が欠落し、人間味などを感じさせない、データのみで客観的に判断を下す彼女はまるでコンピューターのようだと思っていた。
しかし、今回ばかりは信じられない。
「良瑠は、ウチから見ても素人だぞ? あとの二人は他のFPSをやってたことが分かるけど、良瑠はそもそもゲーム自体が初心者なんじゃないか?」
「わたくしも最初はそう思いました」
麗羅は立ち上がり、樹那に背を向けた。
「特に秀でたところもなく、といって劣るところもない。可もなく不可もなく、そのような存在かと」
「性格的には控えめっぽいけどな」
「ええ。ですが、プレイには癖が無く、どこでも適応できると思います」
「使い勝手は良いか。それだけなら言うほどすごくなくないか?」
「彼女が真に素晴らしいのは、成長速度です。あれは異常です。ありえません」
「ウチもしばらく見てなかったけど、そんなにか?」
「ええ。もちろん、まだまだ足りない部分はありますが、真希波を抜くのも時間の問題かと」
「嘘だろ?! 真希波だって一年はやってるんだぞ? ランクだって決して低くはない」
「ええ。ですから、異常だと申し上げています。今のeスポーツ部全員の中でも突出していると思いますわ」
「それほどだと?」
麗羅は振り返った。眼鏡が陽光を反射し、片方の目は見えない。
もう片方の視線は鋭く、樹那の目を射抜く。
「三年になるころには全国を狙う力を持つと予想します」
樹那は喉を鳴らした。
と、ほぼ同時に、部室のドアを開ける音が聞こえる。
何事か話しながら数人の部員が入ってきた。
「そうか。今日の練習、ウチもじっくり見させてもらうよ」
麗羅は一つうなずき、また席に座った。
流れてきた雲が太陽を隠し、部室全体に影を落とした。
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