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席を立つクリスを『Nimrod』は怪訝な顔で見た。
「受賞式は見ないのか?」
「ああ。自分たち以外の受賞式なんて見ても意味ないだろ?」
クリスは歩きながら、振り返りもせず言った。『Nimrod』もそれもそうか、とうなずく。
「それよりも、コーチ、いやオーナーに話にいかないと」
「オーナーに? ああ。彼女をスカウトするのか?」
「いや、それにはまだ実績が足りないと思う。だから、作ってもらうんだ」
「なるほど。今度の世界大会の話か」
「ああ。たしか、推薦枠があったはず」
言いながら部屋を出ていくクリスを『Nimrod』は見送った。
ディスプレイを振り返ると、そこには握手を交わすアリスと声呼の姿が映し出されていた。
※
妙に冷たい手だな、などと思いつつ、アリスには笑顔を見せる声呼。
内心は悔しくてしかたがないが、ここは勝者を祝福するのが良き敗者というものだ。
「パスポート、持ってル?」
「え? なんの話です?」
予想外の言葉がアリスから飛び出て、声呼はパチクリと三回まばたきした。
「パスポート。海外に行くのに必要ダカラ」
「はぁ。そうですね。でも私、海外行く予定無いですよ」
「これからキットあるヨ。無いなら作っておいてネ」
「は? はぁ……」
(相変わらず、不思議な人だなぁ……)
声呼と手を離したアリスは、その隣の良瑠と握手しにいった。
二人のやり取りを見ていると、どうも自分と同じくパスポートの話をしているらしい。
良瑠も小首をかしげている。
それも気になったが、続けて麗羅が握手を求めてきたのでそちらに応じる。
「グッド・ゲームでしたわ」
「グッド・ゲームです。完敗でした」
「それは謙遜しすぎですわね。勝てたのは運ですわ」
「いえ。まだまだ力不足でした。次は勝ちます」
ただ微笑みを返した。
普段は感情を見せない、麗羅の笑顔は、はっとするほど美しかった。
次の『Comet』は握手だけして去っていった。
それもまた、彼らしいと見送る。
次の『Temp』は両手で握手し、深々と頭を下げた。
「対戦、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
ハキハキと喋る彼は、気持ちのいいスポーツマン、という感じだ。
最後に『DarkGuru』が来た。
「お疲れ様。強かったよ」
「そっちこそ。次は負けないから」
「いや、俺はここで身を引くよ」
「はぁ? どういうこと?」
「いや、あんな恥ずかしいことをしちまったからな。責任は取らないと」
「恥ずかしいこと? ああ……」
声呼は綺麗さっぱり忘れていた。
この『DarkGuru』との因縁のことを。
「てことは、男だって認めるのね?」
「そう。もちろん。ただのなんでもない男だ。申し訳なかった」
「そんなもん、もういいよ。済んだことだし」
「そうはいかない。男として、けじめを付けないと」
「なぁーにが男として、だよ! 急にカッコつけんな! それじゃ勝ち逃げだろ!」
「はは、なるほど。確かに……じゃ、また来年だな」
「夏にも大会があるからな。逃げるなよ!」
「わかったよ」
呆れたような顔をしながら、しかしどこか嬉しそうに『DarkGuru』は言った。
子供のわがままを聞いている親のようだ。
最後の『DarkGuru』も、舞台の中央へ招かれていった。
声呼は振り返り、先に歩く樹那の背中を追って、舞台袖へと小走りで行った。
※※※
他の生徒たちとの写真撮影会が終わったのか、樹那は手を振ってその一団と分かれた。
校門の外で待っていた声呼たちには気がついていた。
そちらへ駆け寄っていく。
「すまん。待ったか?」
「さすが、人気ッスねぇ」
真希波も、在校生として卒業式へは参加していた。
式が終わると、すぐに声呼たちと合流した。
樹那も同級生たちと最後の別れがあるだろうと気を使ったのだ。
「先輩、ご卒業おめでとうございます!」
声呼がそう言って抱きつくと、良瑠、灑、友愛も口々に言祝ぎながら同じようにした。
「ありがとう」
樹那は鼻がさくら色になっていたが、涙は流さなかった。
「そんなことより、みんな。部活は頼んだぞ。来年もまた活きのいい新入部員を入れてくれよ!」
「わーってますって。てか、最悪アタシがいますし」
「真希波が最初からコーチに専念できるくらい、いいやつを入れろってこと。真希波だって受験なんだからな」
「受験かぁ。アタシも推薦狙おうかなー。受かれば大会でられるし」
「いいですね。わたしも推薦狙おっと!」
声呼がそう言うと、全員の醒めた視線が集中した。
友愛が哀れみの目で声呼を見ながら肩に手を乗せた。
「声呼……現実を見ようよ。今のままじゃ推薦どころか進級も危ういんだぞ」
「それは友愛もだろぉ!」
「友愛は自覚あるし!」
樹那が笑い、つられて全員が笑った。
「ま、来年はここにCE部門って名前も載せてくれよな」
樹那の視線の先には、校門横の壁に貼られた大きな幕があった。
そこには「祝! 全国大会優勝! eスポーツ部MOBA部門 DCG部門」と書かれていた。
「ボクたちだって準優勝なんだけどなぁ」
ため息交じりに言う良瑠の頭の上に樹那が手を乗せ、卒業式へ向けて切りそろえたのか、綺麗になった髪をぐしゃっと混ぜた。
「優勝じゃなきゃ、書くほどじゃないってことだろ」
「なら、次は優勝してやろうじゃないの!」
「うん。声呼の言う通り! おっと、ウチもそろそろ行かないと。これからカラオケ行くんだ」
また別の集団の元へ、樹那は駆けて行った。
あっさりした別れだなと、声呼は少し寂しさも覚えたが、それも先輩らしいと納得した。
「じゃ、アタシらも行くか」真希波が腕を上げ、背筋を伸ばしながら言った。
「行くって、どこにです?」灑が聞く。
「練習に決まってんだろ!」
「えっ!? これから? こんな日にですか?」灑は驚いて開きすぎた口を右手て隠した。
「いや、いくっしょ! 優勝目指すんだろ!」友愛はそんな灑の背中を音が出るほど叩いた。
大騒ぎで校舎に向かう彼女たちを、声呼は眩しそうに見た。
それは新しい門出を祝うかのような、雲ひとつ無い空から降り注ぐ陽光だけのせいではなかった。
横から手が伸びてきた。良瑠の手だ。
「僕たちも行こうよ」
微笑む良瑠の顔は、出会った頃は無かった頼もしさがあった。
声呼は無言でうなずき、その手を取った。
これにて1年編は終わりです。一区切りつけたいと思います。2年編の予定は未定です。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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