とあるゲーム雑誌の記事より抜粋
クリスの両親はインターネット・カフェを経営していた。
それが彼のキャリアに大きく影響したことは言うまでもない。
当時、彼らの国はまだ戦争の爪痕が残っていた。インターネットは、普及しているとは言えない状況であり、彼の両親はそこに可能性を見出したのだった。
彼がティーン・エイジャーになると、きちんと宿題を終わらせることを条件に、両親は彼にPCの使用を許可した。
早くからPCに触れさせることが、彼のキャリアに役立つと考えたからだ。
インターネットへの接続も、調べ物をするためならと許可した。
プログラミングの技能やネットワークの知識が、これから先は大きな収入源となるだろうと考えていたのである。
しかし、彼は両親の期待とは裏腹に、ビデオ・ゲームにのめり込んでいった。
彼らの店の利用客のほととんどがビデオ・ゲーム目当てだったことも原因だろう。
他の利用客や、ビデオ・ゲームに詳しい友人などに誘われるうち、いくつかのゲームをプレイするようになった。
アクション・ゲーム、特にシューティングに才能の片鱗を見せた彼がカウンター・エスピオナージと出会うのは時間の問題だった。
彼は、あっという間にその地区のトップ・プレイヤーとなる。
さらなる高みを目指した彼は、地元の友人たちとチームを組み、国内の大きな大会へと出場した。
そこでは三位に輝いたが、彼個人の力は優勝チームのメンバーにも匹敵するものだった。
その後、アマチュア最強と言われるチームへ移籍した彼は、その才能をさらに伸ばしていった。
国内にはもはや、彼らの相手となるチームはなくなった。
国外へ出る時期が来たのである。
プロ・チームも参加するオープンな国際大会へ出場した彼らは、アマチュア・チームとしては目覚ましい活躍を見せた。
予選を勝ち抜き、本戦に出場すると、プロ・チームも含めた予選リーグも突破し、決勝トーナメントまで駒を進めた。
残念ながら決勝トーナメントで敗退し、ベスト16という成績で終わったが、彼ら以外はすべてプロという中では十分な成績だった。
そのニュースは彼の国でも大きく報道された。
彼の活躍は、チームの中でも突出していた。
すべてのプロ・チームは、若い才能を常に探しつづけている。彼に注目が集まるのは当然のことだった。
プロになれる年齢に達すると、世界的に有名なチームからオファーが届いた。
だが決して豊かとは言えない彼の国でビデオ・ゲームをプレイして生計を立てる、という考えはありえないことだった。
今でこそ彼の活躍もあり、少しづつ認知されていってはいる。だが、他の国以上にプロ・ゲーマーには懐疑的な目を向けられることが多かった。
早くからインターネットに触れていた彼の両親ですら、彼の才能を知りつつもプロを目指すという進路には反対だった。
eスポーツなどという言葉も知らなかったのだから無理はない。
しかし、彼がチームから提示された額は、国民の平均年収を遥かに上回るものだった。
そして彼が若かったことも、決断するための助けとなった。
もし失敗しても、まだ人生をやり直す余裕が持てる年齢だからだ。
彼と彼の両親は書類にサインし、彼を快く送り出した。
「両親は当初、反対していました。一般的な企業に勤めて欲しいと思っていたようです。それは当然のことだと思います。ですが、チームと契約する前から、僕を全力でサポートしてくれたのは両親です。最終的には僕の決断を応戦してくれました」
プロになりたてのころを振り返り、彼はこのように語った。
クリスがチームに加入すると、チームはすぐに勝利を重ねるようになった。
彼が一人入っただけで、明らかにチームは生まれ変わった。
連勝記録を伸ばし、多くのトーナメントで上位の成績を残した。
たった二年で世界大会で準優勝も果たした。
その後、彼は初めて契約を更新した。
その時の彼の収入は、国の上位5パーセントに入るほどになっていた。
「契約の更新にサインしたとき、初めて自分を認めてもらったような気がしたんです」
プロは常に、結果が求められる。
彼ほどのプレイヤーであっても、その重圧と戦い続けねばならないのだ。
「決して、楽な道ではないとだけは言っておきたいですね」
彼に憧れ、彼を目指す若者はあとを絶たない。
そんな若者に対する、彼からの厳しいアドバイスだ。
彼の目のには、すでに頂点が見えている。
しかし、彼のように新たな才能も出てくることだろう。
その事に対し不安は無いか、尋ねてみた。
「今のところは無い……と言いたいところですが、一人だけ怖い選手がいますね」
もちろん、誰か、という質問をしたが、その選手がまだプロではないことを理由に回答を断られた。
「しかし、いずれ出てくると思いますよ。誰かはすぐにわかるでしょう。なぜなら、その選手は日本に住む僕の従姉妹なので」
彼は笑っていった。
彼が恐れるほどの才能が極東にいる。
次は日本がゲーム・チェンジャーとなるのだろうか。その日は決して遠くはないだろう。
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