気合い入れ
腕組みする真希波を中心に、半円状に集まるのは今女『グラジオラス・ブーケ』のメンバーたちだ。
真希波は目を閉じ、少し右に頭を傾け、低い唸り声を上げている。彼女が考え事をしているときの癖のようなものだ。
メンバーたちは、彼女の第一声を固唾を飲んで見守っている。
「ダメだ! わかんねーわ!」
真希波の言葉を聞いたメンバーは、一斉に張っていた糸が切られたように脱力した。
「なんですか、それ! なんか考えてくださいよ!」
友愛が食って掛かる。
腰に両手を当て、仁王立ちだ。
「って、言われてもなぁ。ここにきて、パターンを変えてきたし。次はどっちでくるか読めないよ」
「変えた、というより戻した、という感じですよね?」と良瑠。
「そうそう。ここでその判断ができるたぁ、恐れ入ったね。そんで実際、強いし」
樹那は右のこめかみに人差し指と中指を当て、ため息交じりに言った。
苦虫だかあさりの中の砂だかでも噛んだかのような顔だ。
「褒めるのはいいけど、で、どうするよ?」
「それならいっそ、こっちも基本に戻ったらどうです?」
そう発言したのは声呼だ。
皆の視線が集中する。
真希波は右目を開け、声呼を鋭い眼光で見て言った。
「どういう意味?」
「もうここまできたら作戦とかじゃないですよ。気持ちですよ、気持ち!」
「ふむ。一見、バカバカしいけど、そういうこともあるかもね」
真希波は口角を上げた。
生徒からいい質問をされた教師のように、下級生の成長を喜んでいるのだ。
「おいおい、ヤケになったか?」それが諦めの表情に見えた樹那は、思わず声を荒らげた。
「違うッスよ。声呼の言うように、ここは基本に戻るのが一番強いかもってことです。どんなものであれ、何度も練習してしっかり身についたものが、一番強いんッスすよ」
「ふむ」
樹那は簡単に納得した。
真希波の隣に立ち、全員に向かってハリのある声で言った。
「ようし、こうなったら悔いの残らないよう、全力でやれることをやるだけだ。わかったな!」
「「おー!」」
気合い入れの声を出し、再び散っていく今女メンバー。
(当然、まだ諦めませんわよね)
少し前の麗羅なら、それを忌々しく見ただろう。だが、今の彼女の表情は、どこか満足げだ。
左右に座る、チーム・メイトたちを見ると、それぞれ手を揉んだり、腕を組んだりしつつ、目の前のディスプレイを見つめている。
何を見ているのかはそれぞれことなるのだろう。
今女と違い、声を出したり、互いにコミュニケーションを取ったりはしない。
こちらはこちらのやり方で集中しているのだ。
そしてそれを切らさぬよう、各々のルーティンをこなしつつ、その時を待っている。
共通しているのはその目だ。「次で終わらせる。早く始めろ」全員の目がそう語っていた。
明暗を分けるラウンドは静かに始まった。
今女の攻めは慎重だった。スキルで索敵し、敵の防御位置を確認してピークする。
だが、敵はすでに引いたあとだ。P高も決して無理に倒しにこない。見られたと感じた時点で移動してしまう。
少し攻めてはまた相手の位置を探る。ダウンは取られていないが、まだ設置ポイントを確保できていない。
【Seiko:またいない。もう入る?】
【Raru:まって声呼ちゃん。慎重に!】
【Seiko:だけどさ、このままじゃ時間がなくなっちゃうよ!】
【Raru:チャンスはあるよ。ギリギリまで見よう】
良瑠はスナイパー・ライフルを構えた。
その位置からなら、ポイントの深いところまで見ることができる。
【DarkGuru:どうする? このまま待つか?】
【Comet:待とう。もう時間がない。そろそろしびれを切らして突っ込んでくるはずだ】
【DarkGuru:そっか、ならそうしよう】
追い詰めているのはP高の方だ。無理をする必要などない。
以前の『DarkGuru』なら敵を侮って顔を出していただろう。
だが、今の彼にそのような油断はない。
【Seiko:時間が無いぞ!】
【Toa:声呼、良瑠。二人で一緒にエントリーして】
【Raru:友愛ちゃん?】
【Toa:もう賭けるしかないよ。二人でクリアしてから友愛が入る】
アーティファクトを持った友愛が二人の後ろについた。
良瑠はスコープから目を離し、武器を持ち替えた。
カウンセルの独自武器、アポロンだ。大口径ピストルなので、近距離戦にはこちらが適している。
【Raru:声呼ちゃんの合図で同時に行くよ】
【Seiko:わかった。せーのっ、ゴー!】
声呼は『Comet』の視界に捉えられたが、彼は彼女の思い切りの良いワイド・ピークに追いつけず、狙いが少し外れてしまった。
腕を固定したまましばらく待っていたため、筋肉が硬くなっていたのだ。同時に出てきた良瑠の方に意識が少し向いてしまったことも外した理由の一つであろう。『Comet』は良瑠によって倒された。
【Comet:まずい! やられた! 二人! 二人いる!】
【DarkGuru:よし!】
ダウンを奪われた直後が、ダウンを奪い返す最大のチャンスでもある。『Comet』の報告を受け、『DarkGuru』も姿を見せた。
瞬時に声呼へとエイムが合わされる。
迷いなく、引き金は引かれた。
次の瞬間、倒れていたのは『DarkGuru』の方だった。
声呼は敵が飛び出してくる位置を予測しプリ・エイムしていたのだ。
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