麗羅の音
麗羅は幼いころから人の多いところが苦手だった。
なぜ大人はこんな騒がしいところに平然といられるのか、不思議でならなかった。
記憶に残るなかでも特に嫌だったのは、父親に連れられて野球観戦に行った時だ。
声援はともかく、口汚く罵る声がそこかしこから聞こえてくる。
普通なら大きな音の中に溶けていく、そういう一つひとつの音が、彼女には聞き分けられてしまう。
とても観戦などできず、下を向いて耳を押さえ続けた。
ただ耳が良い、というだけではない。それこそが麗羅の能力だった。
成長するにつれ、それはどうやら自分だけなのだということに気がついていく。
もう先生がそこまで来ているのに、なぜみんな席につかないのだろう。そう疑問に思っていた。
ただ家庭の躾がなっていないのかと勘違いしていた。
すごいカンが良いね、と褒められたこともある。
カンでは無く、足音が聞こえているのだと言っても信じてもらえなかった。
聞きたくない噂話も聞こえてきてしまう。
どうして本人が聞こえるように悪口を言うのか、不思議でならなかった。
思い切って聞いたこともがある。
『ワタクシのこの口調がそんなに可笑しいですか?』
相手はそんなことは言っていないの一点張りだった。
聞こえていないはず、そう思っているらしい。
それからというものの、なんだかバカバカしくなって、人が何と言おうと気にしなくなった。
人の聞こえないところで悪口を言う人間が、とても小さく、情けなく見えた。
だから自分は、言いたいことは本人に直接、正々堂々、はっきりと言おうと決めた。
それで去っていった友達もいる。
だが逆に、それを気に入ってくれた人もいる。
アリスはその一人だ。
彼女とは今女に入ってからの友人だ。
初対面からお互い言いたいことを言い合った。
『ヘイ、麗羅。フレンドなのに、敬語なんてオカシイよ?』
『貴方の喋り方も可笑しいですわよ? 日本に来たのならちゃんとした日本語を覚えるべきではないかしら?』
出会いは最悪、と思いきや、それ以来二人はよく喋るようになった。
『ミンナ、ミーを珍しがって寄ってくるけど、言ってることはウソばかり。麗羅はウソを言わないところが気持ちイイね』
アリスはそう言って微笑みかけてきてくれた。
お互いに同じゲームが好きだったことも、距離が近づいた原因の一つである。
ゲームでミスがあれば、遠慮なく指摘し合う。
そのせいで仲が悪いのだと勘違いしている者もいた。
実際はまるで違った。気を置けない仲とはこういうものだろう、双方ともそう感じていていた。
CEを始めてからしばらくして、自分の聴力がゲームにおいては有利に働くということに気がついた。
そこで初めて、この能力に感謝した。
※※※
(そこにいらっしゃいますわね)
ドアは薄く、弾が貫通する。その裏にいたのは友愛だ。
いることはわかっているが、立っているか、しゃがんでいるかまではわからない。
そのため、胴の辺りを狙ってスナイパー・ライフルを構える。
その名はジュピター。胴であっても一撃でダウンを奪える最高クラスの武器だ。
迷いなく引き金を引く。見事、命中し、友愛を倒したというメッセージが表示される。
【Toa:ゲッ! 抜かれた!】
【Jyuna:音だ! 気をつけろ! 声呼はいったん、離れろ!】
【Seiko:はい!】
友愛のカバーをしていた声呼は、その場から離れていく。
(もう一人は離れましたわね)
それを察知した麗羅は、今度は別の入り口を注視する。
そちらからリロードの音が聞こえたからだ。
(音だけで、これだけ情報を与えてしまうというのに……)
自分が特別だということは理解しているが、それでも音に対し無神経な者にはどうしても腹が立ってしまう。
麗羅は先のラウンドを思い出していた。
(敵の位置を知ること。それがこのゲームで勝利するための近道ですわ)
【Seiko:しまった!】
別のルートからアルファの奥に陣取った声呼は、自分の位置がバレていると知ると、とっさに麗羅の目の前にエンマクを出した。
しかしそれを物ともせず、麗羅はエンマク越しに声呼を撃ち抜いた。
(聴こえてますわよ)
見えていないはず、そういう思い込みが荒いプレイを招く。
飛び出した声呼は、その足音で居場所を察知されてしまったのだ。
麗羅の活躍により、今女は苦戦を強いられることになった。
また壁越しに撃たれるかも、そう思うと動きが萎縮してしまう。
実際には、麗羅が見えない位置から取ったダウンの数はそれほど多いわけではない。
だが、一度でも壁抜きをやられると、それは遅効性の毒のように徐々に効いてくるのだ。
自分がここにいるのはすでにバレているのではないか。
この壁は弾を貫通するから、この裏は安全ではない。
スモークを焚いても意味がないのではないか。
そんなことを考えていると、麗羅だけでなく他の選手にも好きに動かれてしまう。
【Jyuna:大丈夫、自分を信じろ!】
口で言うのは簡単だ。
自分自身を奮い立たせるというのは、そう容易いものではない。
事実、そう言っている樹那も、動きに精彩を欠いていた。
気づけばスコアは4-8。
前半戦は攻撃側、P高の大差で折り返しとなったのである。
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