意外な援軍
会場入り口はすでに黒山の人だかりができていた。
今女の面々は人目を避け、裏の関係者口から中へと入った。
控室で皆、黙々と用意を始める。
ディスプレイには現在行われているMOBA部門の決勝が流れている。
今女のMOBA部門チームが今まさにそこで戦っているのだが、それを見ても誰一人、口を開かない。
普段は明るい友愛や真希波ですら、その表情は硬い。
誰もが水中のような息苦しさを感じている中、ドアのノック音が響いた。
「みんなー。調子どう?」
子供のような容姿にピッタリの、甲高い声が聞こえてきた。
顧問の元谷だ。
座っていたメンバー達は一応、立ち上がり、挨拶をした。
ちょっとの嫌味を込めて樹那が言う。
「あれ、先生。今日はいらしてたんですか?」
「やだわぁ、谷口さん。昨日もいたわよぉ。各方面にご挨拶してたら、時間かかっちゃって。今日はもう、直行で来たわよ」
「ま、来てもらったところで、別に先生からアドバイスなんて貰えないでしょうけど」
「ハッキリ言うわねぇ。ま、その通りですけど」
樹那からからかわれても、元谷はまるで気にしていない様子だ。カラカラと陽気に笑っている。
そのおかげで場の空気が少し明るくなった。
「で、挨拶ってどこのお偉いさん方が来てるんです?」
「そりゃもう、スポンサーさんから他の学校の先生方、あ、皆の親御さんもいらっしゃってたわよ」
「あー、ウチの親、今日も来るって言ってたなー」
(うちの親も来るって言ってたなー)
声呼は昨日の夕食時、そんな話を母としたことを思い出した。
なんとなく、いつもより楽しげな様子だった。
「氏神さんの親御さんにはまだ会えてないけど」
「あ、うちの親は忙しいみたいで……」
「あらそう。残念」
(本当は興味がないからなんだけど……)
良瑠の家庭では、そんな話は一切なかった。決勝に出ていることすら知らないかもしれない。
どうせ言ったところで興味はないだろう、そう最初から諦めていたから大会のことは伝えもしなかった。
「そうそう。それから、主催の毎朝新聞の取締役の方がいらしてたんだけど……有永さん、お知り合いなの?」
「へ? いえ、誰です?」
「えーと、確か白鳥さんっておっしゃる方なんだけど」
「白鳥? いえ、知りません」
「そう? なんか変なことおっしゃってたわねぇ。玄武? って言えば分かる。みたいな」
「玄武? げんぶ……あー!!」
「ひっ! なっ、なに!? どうしたの!?」
(玄武って、まさか、あのGenbu!?)
声呼の、ES友達の面々が思い浮かんだ。
そういえば、自分が今女の生徒だということは、彼らには明かしてある。
(毎朝新聞の取締役って、嘘でしょ?)
それが本当なら、今日見に来ていても不思議ではない。なんせ、毎朝新聞主催なのだ。
「ひょっとしたら、知ってるかもしれません。他に何か言ってました?」
「他には……たしか、娘さんが来年、受験を控えてるみたいで、今女を受けるかもっておっしゃってたわ。ひょっとしたら、みんなの後輩になるかもね?」
(そういや娘さんが今女に入りたいって話、したな)
あの時の会話が思い出された。となると、どうやら間違いないようだ。
(Genbuのおっさん、そんなお偉いさんだったのかよー!)
嬉しくて、思わず口元が緩む。
「また表彰式で会いましょうっておっしゃってたわよ。賞状を渡す役なのかもしれないわね」
「へー!」
「なんだよ、声呼。どういう知り合いだよ」真希波はひじでつつく。
「いえ、ちょっと。へへ」
「なになに! なんで隠してんの? 友愛にも言えないワケ?」
「いや、隠すっていうか……」
まさか、そんな偉い人がゲーム仲間だなんて。
そんな荒唐無稽な話、信じてもらえなそうだ。
それに、Genbuも自分がゲーマーだなんてことは隠しているかもしれない。
もし勝手にバラしてしまって、部下との関係性がおかしくなったら、声呼には責任が取れない。
「ちょっとした顔見知りってだけですよ、たぶん」
「怪しいなぁ」良瑠まで訝しげに声呼を見てきた。
灑すらも輪に入ってきて、しばしその話で盛り上がった。
そろそろセッティングを、と今女を呼びに来た運営スタッフは、中から聞こえる笑い声に驚いた。
普通は緊張のあまり静まり返っているものだ。
ひょっとして部屋を間違ったかと、張り紙に書かれている文字を確認してしまった。
※
いよいよCE部門決勝が近づき、両チームとも舞台に上がり、セッティングを始めた。
【Makina:みんな、声は聞こえる?】
【Jyuna:大丈夫だ】
【Makina:ゲーム音もちゃんと聞こえる?】
【Toa:聞こえまーす】
【Makina:ノイキャンは有効?】
【Seiko:最高にしてます】
【Makina:うーん、やっぱり少し、会場の声が入っちゃうよね】
事前の灑の話通り、音を聞いているにしても、これでは小さな音は聞こえにくいはずだ。
まして、試合が始まれば歓声はさらに大きくなる。
昨日も同じセッティングでやったのだから、間違いはない。
声呼はディスプレイの隙間から、相手チームの様子を見てみた。
こちらと同じようにセッティングをしている。ふと、麗羅と目があってしまい、慌てて顔を隠した。
一瞬だが、彼女の顔には笑みが浮かんでいたような気がした。
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