ご挨拶
いきなりドアを蹴破って部屋に入る、という風景を想像していた声呼だったが、樹那はそんな常識知らずではなかった。
右手で拳を作り中指で軽く二回、ドアをノックし、反応を待つ。
横には”P高『Soutermination』様”と印刷された紙が貼ってある。
中から「はーい」と男の声がした。
「お、おお、これはこれは」
出てきた男は、目の前で仁王立ちしている樹那に面食らった様子だ。
だが、ひと目で誰かは理解したらしい。
(この寿司職人みたいな角刈りは『Temp』か)
彼は最もゲーマーらしくない髪型なので、声呼もく覚えていた。一番、因縁のない人が最初に出てきたのでまずはホッとする。
「どーもどーも。明日の対戦相手、今女の者です。ご挨拶にまいりましたぁ」
「そうですか~。わざわざありがとうございますぅ。僕は部長の『Temp』です」
『Temp』はぺこぺこと頭を何度も下げる。腰の低い男のようだ。
「他の人もいらっしゃいますかぁ?」
「はい。よろしかったらどうぞ」
樹那は奇妙な猫なで声を使っている。彼女なりの”よそ行き”の声なのだろう。
その効果なのか、『Temp』も無警戒に彼女たちを部屋に招いた。
「これはこれは皆様。わざわざお越しくださらなくてもよろしかったのに」
(出たぁ! 久々の麗羅様だぁ!)
声呼たちの目の前に立ちはだかったのは麗羅だ。
言葉こそ丁寧だが、感情の感じられない、下手な役者のような棒読み口調だ。
「おひさしゅうございマース」
その横に並んだのはアリスだ。相変わらずのモデルのようなスラッとした長身。
高い視点からこちらを見下ろしてくる。口元には余裕の笑みすら浮かべていた。
「あ、そういえば二人は元、今女だったね」
間に挟まれた『Temp』は異様な空気を察し、彼女たちを交互に見る。
「そうなんですよぉ。その節はたいっへん、お世話になりましてぇ」
「お世話だなんて、とんでもございません。ワタクシこそできの悪いIGLの元でどう動くか、とても勉強させていただきましたわ」
「ちょ、小峠さん?」
声呼が二人に挟まれる『Temp』を気の毒に思っていると、そこに良瑠が割り込んできた。
「先輩。今のボクたちは、あの頃とは違いますよ」
「あら、良瑠。まだいたのね。貴方だけは見込みがあると思っていたのですが、残念ですわ。そんな環境にいては、せっかくの才能が腐ってしまいますわよ」
良瑠は何か言い返そうとしているが、何を言っていいか分からないようだ。
両拳を強く握りしめ、指が白くなってしまっている。
そんな彼女の肩に手を乗せ、声呼は言った。
「良瑠。なんも言わなくていいよ。明日、実力でわからせよう」
「お、君。声呼ちゃんだっけ? まぁまぁ可愛いじゃん」
いつの間にか、麗羅の隣にもう一人立っていた。
(こいつ、『DarkGuru』だ!)
毒キノコのようなこの髪型は見間違いようがない。
「そうですが、何か?」
「いやいや。あんときは俺が圧勝したけど、あれから腕は上げたのかなぁって。前と同じじゃがっかりしちまうから、頼むよ?」
「この……」
声呼が盛大に言い返そうと思った矢先、友愛が指差しながら前に出てきた。
「え。ちょっと待って。やっぱこいつ、男じゃん!」
「は? なんだコイツ? 男だと問題あんの?」
「あるに決まってんじゃん! お前とお前! 女性限定大会に出てただろ!」
奥の方で我関せずと座っていた『Comet』も指差す。
スマホを見ていた『Comet』は一度だけ友愛を見たが、興味なさげに視線を戻した。
「あー。そうそう。俺たち性別は男だけど、心は女だからさー」
『DarkGuru』は口の右端を歪め、薄気味悪い笑顔を浮かべて言った。
「嘘ついてんじゃねえー!」
「言いがかりはやめてくれよ? 俺も勇気を出してカミングアウトしてんだからさぁ。言っとくけど、性自認が女なら参加可能って、ちゃんと大会運営にも確認してるからね?」
「だから、それが嘘だろうが!」
今にも飛びかかりそうな友愛を、声呼は手で抑えた。
「あ、あの、えっと」
『Temp』はまったく事態を把握できていないらしい。
ただ額に汗かき、右往左往するばかりだ。
樹那は流石にこれ以上は危険と、撤退の判断を下した。
「お騒がせしてすみません、部長さん。挨拶はすみましたので、もう退散しますねぇ」
「あ、はは。どうも、なんのお構いもできませんで」
そう言いつつも、彼の顔にはハッキリと安堵の色が浮かんでいた。
「『DarkGuru』さん、明日はよろしく。わたしが上手くなったかどうか、お楽しみに」
声呼が言うと、彼は鼻で笑い、振り返ると背中越しに手を振った。
「麗羅先輩。明日は今のボクたちの力、ごらんにいれます」
良瑠は丁寧に一礼した。
「楽しみにしてますわ。今日はゆっくりと休んでくださいましね」
最後に樹那が、二人の間に入って言った。
「ええ。そちらもねぇ。負けた後『寝不足だった』なーんて言い訳しないようにお願いしますよぉ?」
これがアニメなら、二人の視線の中央で火花でも散っている事だろう。
声呼はまだ鼻息の荒い友愛を、相撲の寄り切りのようにして部屋の外へと負い出した。
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