チート
決勝進出を決めた勝利の美酒に酔う暇もなく、彼女たちにとっても注目の一戦が始まった。
P高校と松原情報高専の準決勝戦だ。この戦いの勝者が今女の相手となる。
彼女たちは再び、控室のディスプレイの前に並び、食い入るようにそれを見つめた。
そこにはまだ、セッティング中の両チームの姿が映し出されていたが、誰も目を離そうとはしない。
「どっちが勝つと思います?」
声呼は真希波に聞いた。
自分なりの考えはあるが、やはりそれよりも参考になるのは真希波のデータ分析だ。
「アタシにも分からないね――って言ったら話が終わっちまうから、予想するなら……たぶん、P高かな」
「へぇ? なんでですか?」
声呼は松原に勝って欲しいと思っていた。
実力はもちろん折り紙付きだし、再挑戦したいという願望もあった。
彼らに勝ってこそ、本当の優勝だという思いがどうしても消しされなかった。
「これはカンでしかないんだけどね。まだ本気を出してない気がするんだ」
「何でそう思う?」その会話に樹那も入ってきた。
「いえね、根拠は無いんスけどね。ただ、あまりにデータが平凡というか。最低限の力でやってる感じがするんスよね」
「それ、おっしゃってること、ボクも分かります。少しの時間でしたけど、一緒にやってるときもそう思っていました。常に余力を残しているっていうか。味方のときはそれが頼もしかったんですけどね。敵だと思うと不気味っていうか……」
無口な良瑠がいつになく語りだしたので声呼は驚いて彼女の顔を見た。
普段から色白だが、その白さはさらに増し、生気を感じさせないほどだった。
「アタシは一緒にやってるときはそこまで気にしてなかったんだ。でもデータを見ると、ラウンドごとにバラつきがあるんよ。つまり、妙に弾が当たってないときと、めちゃくちゃ当たっているときの差が大きいんだ」
「そりゃ誰にでも調子の良し悪しはあるんじゃね?」
「そうなんスけどね。それが麗羅とアリス二人同時にってなると、おかしくないッスか?」
「二人が揃う? 示し合わせてるってことか?」
「そうとしか思えないんスよね。そして、調子がいいときってのが、このラウンドを落とすとキツイってときなんスよ。そういう重要なところだけ、本気を出してる。そういう気がしてしょうがないんス」
「本当の力を隠してる。そういうことですか……」
声呼は自分で言っていて驚愕してしまう。それで準決勝まで来られるとは、それだけ実力が抜けているということだ。
「それヤバすぎっすよ!」普段は明るい友愛も、笑顔が消えている。
「私はお二方のことが知らないんで、普通に松原が勝つと思ってました。P高は強いけど、そこまで抜けたものは感じなかったんです。でも隠してたとなると……怖いですね」灑もこれからお化け屋敷にでも入るかのような、暗い顔をしていた。
「それはこれから明らかになるよ。さすがに松原を相手に手加減はできないっしょ」
真希波がそう言うと同時に、最初のゲームが始まった。
※
P高に押され、ここまで松原は良いところをほとんど見せられていない。
気がつけば、9-1と圧倒的な差が付いていた。
「あっ!」
声呼は思わず、大きな声を上げた。
壁の裏にいる敵を、麗羅が完璧に撃ち抜いたからだ。
「またかよ……」
樹那もビールでも飲み干したかのように喉を鳴らした。
麗羅のこのようなプレイは、ここまでに何度も出ていた。
壁の裏、柱の影、箱の背後そしてスモークの中。いずれも見えていないはずの敵を、正確に撃ち抜いてみせたのだ。
「おかしいですよ! チートじゃないんですか?」
友愛は怒りからか、頬を紅に染めて言った。
「いや、麗羅はそんなことしないよ。そんな馬鹿じゃない」
真希波はディスプレイをじっと見つめたまま言った。
麗羅のことは、この中で真希波が一番よく知っている。
ゲーマーとしてそのような卑怯なことをする人間ではない、という信頼もあるが、それだけではない。チートという不正行為はあまりにリスクが大きすぎるのだ。
そもそもGATEには強力なアンチ・チート機能があるし、PCは運営が用意したものであり、常に監視されているためツールを仕込む余地などない。
それらをかいくぐり、チートを使用したとしても、大会で発覚すれば失格になることはもちろん、それ以降の大会も出場禁止となる。
ゲーマー生命の終わりだ。そこまでして優勝したとて、何億もの賞金がでるわけでもない。あくまで学生大会だ。賞状、トロフィー、多少の副賞、そして名誉しか受け取るものはないのだ。
頭の良い彼女が、そんなことをするとは考えられない。
「じゃあ、一体何でこんなことができるんですか?」
声呼も少なからずアリーナ系FPSの経験はある。そこには高度な読み合いが存在し、ときに完璧に相手の動きを予測できる瞬間はある。
そんな彼女から見ても、あの敵の動きは予測できるはずがないのだ。
「わからん。相手の癖を研究しまくったから? いや、松原も普段の動きと変えてるみたいだし……」
真希波は顎に右手を当て、ブツブツとつぶやきながら試合を見続けている。
その額には小さなガラス玉のような汗がいくつも張り付いていた。
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