入部
ゲーム設定に関しては、面倒なかたは飛ばし読みしてください。
何度数えてみても三人しかいない。
樹那は集まってくれた一年生に聞こえることも構わず、盛大にため息した。
「思ったより少ないですわね」
二年生の麗羅も遠慮せず現状を指摘した。
「樹那先輩がブチ切れて自分以外の三年生を追い出しちゃったって噂、一年も知ってんじゃないスか?」
真希波はいたずらっぽく樹那の横顔を覗き込んで言う。
「うっさい! 少ないけど、これでチームは組めるだろ!」
そんな上級生のやり取りを、声呼を始めとした三人の一年生は唖然とした表情で眺めていた。
ひょっとして、来るところを間違ったのでは、そういう色が浮かんでいる。
(樹那先輩ってモデルさんみたいだな)
声呼はまじまじと樹那を見ると思った。背が非情に高い。175センチくらいだろうか。
それでいて目鼻立ちも西洋の彫刻かのようにくっくりしている。街を歩いたらスカウトが放っておかないだろう。
「失礼。まずは自己紹介しよう。ウチが三年でチーム・リーダーの谷口樹那だ。これからよろしくな。そしてこっちが二年」
「はじめまして。わたくしは二年の小峠麗羅と申します。以後お見知りおきを」
麗羅は優雅に頭を下げた。
長い髪が前に垂れる。顔を上げると同時に、それを上へかきあげた。その美しい光沢を放つ艶やかな髪のおかげで、まるでシャンプーのコマーシャル映像のようだ。
「アタシは暁真希波。よろしく!」
黒髪を後ろで一つにまとめた真希波は軍人か警官かのように敬礼した。
「ミーは森木アリスといいまス。よろしくデス」
派手な金髪、青い瞳、透き通る白い肌は生まれ持ったものだろう。どこかの国からの留学生、あるいはハーフだろうか。
アリスは右目でウィンクし軽く首を横へ傾けてみせる。こんなジェスチャーをしても様になっていた。
「そんじゃ、新入部員の自己紹介をしてもらおうか。じゃ、右のお前から」
樹那から指を向けられたのは声呼だ。
「はい。わたしは有永声呼っていいます。よろしくお願いします!」
樹那が拍手すると残りの部員たちもそれに倣った。
次に声呼の隣にいた生徒が頭を下げる。
「はじめまして。ボクは氏神良瑠です。初心者ですが、よろしくお願いします」
(おいおい。ボクっ子ですかぁ?)
声呼はチラリと横目で良瑠を見た。
青みを帯びたショートヘアはたしかに少年っぽさがあったが、横から見ると長いまつげがやはり女の子であることを分からせてくれる。
拍手が止むと、次の生徒が元気よく手を挙げた。その勢いで綿あめのような巻き髪が揺れる。
「はい! 角谷友愛です! 友愛って呼んでください! 好きな食べ物はハンバーグです!」
(そんなの聞いてないって。元気キャラか?)
声呼が友愛の顔を見ると、まるで光を放っているかのような輝かしい笑顔をしている。きっと両親や周りから愛されて育ってきたのだろう、という純真さを感じさせる顔だ。
そしてまた拍手。
樹那はそれが止むのを待ってから口を開いた。
「以上三名が新入部員だ。これでウチらは総勢七人のチームとなる。良瑠は初心者って言ってたな。これからウチらがやるゲーム、カウンター・エスピオナージについては知ってるか?」
「いえ、知っているのは名前くらいです」
「よし、ではざっと説明しよう。知っている者はちょっと我慢してくれ。カウンター・エスピオナージ、略してCEは五対五で戦うチーム制のタクティカル・シューターだ。チームは攻撃側のエージェントと防御側のセキュリティに分かれる。エージェントは百秒以内にアーティファクトをロケットで射出させたら勝利。セキュリティはそれを時間まで防げば勝利となる。操作するキャラクターはコントラクターと呼ばれていて、それぞれにスキルがある。それについてはたくさんあるので、追々覚えてくれ。ここまで大丈夫か?」
「はい!」
「よし。ゲームは先に13ラウンド取った方の勝ち。12ラウンドごとに攻守交代がある。大まかなルールはこんなところだけど、まだ武器とかマップとかたくさんあるから、まずはそれらを覚えよう。それから、大事なことだけど、今、チームに空きは一つある。その一つは一年生から選ばれることになるからがんばってくれ。もちろん、上級生より腕があると認められれば、押しのけてレギュラーの座を獲得することもありうる。二年も気を抜かないように」
「ちょちょ、樹那先輩。三年だってその可能性はあるんじゃないッスかぁ?」
「真希波、お前がいてくれるおかげでその心配はない」
「ちょっと、それ、どういう意味ッスかぁ?」
樹那はそれを無視して続ける。
「んじゃ、今日はみんなの腕を見るために模擬戦、と言いたいところだけど、部のPCは予約が埋まっててな。今日のところはチーム名を考える会議にしたいと思う」
今女も年々大きくなるeスポーツ部に合わせ、ゲーミングPCを百五十台も用意していた。しかし、eスポーツ部は全部で三百人を超える大所帯なので、いつでもそれを使えるわけではない。さらにMOBA部門など活躍している部門やチームに優先権があるため、結果の出ていないタクティカル・シューター部門は肩身の狭い思いをしていたのだ。
「チーム名ですか。樹那先輩に何かお考えはございますか?」
麗羅は縁のないメガネを人差し指と中指で少し持ち上げながら言った。
「いやー、ウチはそういうセンスが無いからさぁ。学年トップの成績の秀才、麗羅はなんかないの?」
「わたくしも勉強ならできるのですが、ネーミング・センスには自信がございません」
「勉強ができることは否定しないのが流石、麗羅だねぇ」
「そういう真希波は?」
「アタシも考え中でーす!」
「アリスはどうだ?」
「そうですね。ミーはF【自主規制】ing A【自主規制】sというのが良いと思います」
「……涼しい顔して放送禁止用語言うの止めてもらえる? 一年もなんかあったら遠慮せず、言っていいからな」
一年の三人は互いの顔を見合わせた。
全員の顔に、急にそんなこと言われても、という困惑の色が浮かんでいる。
「樹那先輩、いきなりそんなこと言われても無理ッスよー」
「そっか?」
「んなことより、部のPCが使えないなら今日はもう帰りません?」
「お前な~。そんなやる気のないことでどうすんだよ」
「違いますって! 各自の自宅からオンラインで練習しようって言う意味ですよ。みんな、自宅にPCくらいあるっしょ?」
一年三人は一様に首肯した。
「ね? 今女でeスポーツ部に来るような子は自分のPCくらい持ってんですって。だから今日はオンラインで遊びましょうよ。名前は大会までに決めればいいんスから」
「なるほど、な。そうするか?」
というわけで、部活初日は軽く自己紹介をするだけで帰宅、ということになった。
なんとも緩いチームだな、と思いつつ、声呼はこの堅苦しさのない空気を気に入っていた。
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