予選一日目
真希波は二回戦目の相手に関するデータも、実に仔細に調べ上げてきていた。
しかし相手は生きた人間である。
自分たちの行動が読まれていると感じれば、その場で作戦を変えてくることも当然ある。
予選二日目。ベスト8にまで残るチームともなれば、そのくらいはしてくるということだ。
【Makina:ほー。これは見たこと無いパターンだな】
だが真希波は微塵も焦りを見せない。
声呼には、それが強がりとも思えなかったが、大会であれば少しの油断も禁物である。
念のため、確認を怠らない。
【Seiko:先輩、どうしますか?】
【Makina:今のまま待機。少し様子を見よう】
真希波は自分のコントラクター、シエルのスキルであるサーチャーを、今守っているベータから近くの通路に送り込んだ。
サーチャーは青い光を放つ狐のようなシルエットをしている。
シエルの意識が乗り移っているため、プレイヤーはサーチャーを自在に動かし、その視界から情報を得ることができる。
見つけた敵に体当たりすることでダメージも与えられる。
サーチャーは破壊可能だが、壊されてもプレイヤーにはダメージは無い。
安全に索敵できるスキルだが、その間、本体であるシエル自身は無防備となってしまう弱点がある。
通路に敵はいない。少し進み、曲がり角を曲がった、と、そこで視界がシエルに戻る。
どうやら壊されたらしい。
【Makina:いたぞ。人数までは不明だ】
視界に敵を入れることは叶わなかったが、破壊されたということは敵がいるという証拠でもある。
【Makina:ということは、あのパターンと近いか……】
真希波は少しの情報から相手の作戦を読み解こうと試みる。
どれほどの手練であろうと、作戦にはある程度のパターンがある。
まったくアドリブで動くというのは難しいのだ。
仮にやったとして、それが上手くいく可能性は低い。
【Makina:よし、アタシと灑はこのまま。良瑠はアルファに行ってくれ】
【Raru:了解】
良瑠は最も安全な裏のルートからアルファへ移動する。
(ベータが本命だったけど、先輩に見られたからアルファへ行くっていうことかな?)
真希波はこれまで、データからの予測を完全に当ててきている。
だが今回はデータから外れた戦法を取ってきた相手に、即興で対応するという状況だ。
今まで無かったことだ。これすら的中するとなると、真希波の力は本物と言わざるをえない。
(『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』か、なるほど)
相手は初日よりは強い。とはいえ、平均プラチナ程度である。
おそらく力押しでも勝てる相手だ。
そこに相手を読み切った作戦が加わるとどうなるか。
孫子の言う通り、百回やっても負ける気はしない。
昨日はそれをたっぷり見させてもらった。
【Seiko:アルファにスモーク!】
【Makina:よし。エントリーに備えろ】
スモークは視界を奪うために使う。
ロケット設置ポイントは入り口が複数箇所ある。中は開けているためそのまま突入すれば蜂の巣にされるのがオチだ。
だからスモークやフラッシュで視界を遮りつつ入り込むのが普通なのだ。
(いつ来る?)
スモークは無限に出続けるわけではない。一定時間で消えるようになっている。
消えた瞬間が勝負のときであるが、あえてそのタイミングをずらすということもある。
声呼は瞬きも忘れ、銃を構えて待った。
CEに登場するスモーク系のスキルは、スモークと呼ばれてはいても、実際の煙とは似ても似つかぬものである。
直径2メートルほどの、木星のようなマーブル模様が入った球体だ。
消える時も、実際の煙のように徐々に薄くなっていくのではなく、一瞬でシャボン玉が割れるように消える。
スモークが消えた時。そこには誰もいなかった。
声呼は即座に報告する。
【Seiko:入ってきません!】
【Makina:良瑠、ミッドへ!】
スモークが消えたにもかかわらず、誰もエントリーしてこない。
ならばそれはフェイクであり、別のルートから来る可能性がある。
それはミッドという、アルファとベータの中間にある通路を通るかもしれない。
だからそこへ移動して見るように、ということだ。
ゲーム中に長々と喋る余裕はない。少ない言葉で如何に多くの情報を使えるかが鍵となる。
そして、それには事前の取り決めや、チームごとのルール、長くプレイすることによって構築される暗黙の了解が大きく役に立つ。
良瑠は慎重に、スコープを覗き込む。
彼女がそのラウンドで購入したのはジュピターというスナイパー・ライフルだ。
4,700クレジットと高価ではあるが、その分強力で、胴体に当っても一発でダウンを取れる威力を持つ。
相手がピークし、少し体を出した瞬間のことだった。
良瑠の弾丸が見事に頭に命中した。
あまりのスピードに、敵は良瑠の姿を視界に捉える暇すら無かった。
【Raru:一人、ダウン!】
(おいおい。簡単にやってくれるぜ)
真希波は良瑠の成長に対し、喜びと同時に脅威を抱いていた。
彼女がCEを初めてまだ約八ヶ月だ。だがその射撃技術はすでに自分を大きく超えてしまった。
(こりゃ、ひょっとすると、ひょっとするかも、な)
彼女の口元には笑みが浮かんでいるが、同時に頬からは一筋の汗が流れ落ちていた。
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