真希波の力
初戦の相手は楽勝と予想している。が、いつも初戦というのは緊張するものだ。
試合時間が近づくにつれ、メンバー達は口数が減っていった。
声呼はこんな緊張感も嫌いではなかった。
実は灑と良瑠もあまり気にする方ではない。
真希波や友愛のような、普段は明るいタイプこそ、このような空気を苦手としているのだ。
だからなんとか雰囲気を変えようと努力する。
「ねぇねぇ声呼。相手の『UNDER DOGS』ってチーム名。由来知ってる?」
「へ? さぁ。知らない」
友愛が何やら話しかけてくるが、声呼は心底どうでも良かったので、画面から目を離さず答えた。
乗って来たのは声呼を飛び越えた席の真希波だ。
「知ってる知ってる! 全員、名字に『犬』が付くからだろ?」
「そうです! さっすが先輩!」
「全員に? 『犬』が付く名字なんてそんなにあります?」
あまりに意外な由来に、声呼も少し興味を持ってしまった。
「えーっと、メンバー表によると、犬井、犬石、犬川、犬走、犬山だってさ」
「へー。結構あるんですねぇ」良瑠まで興味を持ったらしい。
「そうなんだよ。しかもびっくりするのが、別に『犬』の名字で集めたわけじゃなくて、たまたまらしいんだな」
「えー! そんな偶然、あります?」
次々出てくる新事実に、声呼の意識は完全に持っていかれた。
「なー。アタシもびっくりしたよ。高校の公式サイトにさ、チームのインタビュー記事が出てたから読んだんだよ」
「そこまでチェックしてんですか? すごー!」
友愛は噂話で知っただけだったので、裏まで取ったわけではなかった。
そんな自分に対し、そこまで調べてきた真希波に素直に尊敬の眼差しを向けた。
「今女にも犬飼先生っていらっしゃいますよね」
皆が会話していたので、灑もなんとか参加しようと話題を振ってきた。
「あー、犬飼ねぇ。実は若かりし頃は結構名のしれたプレイヤーだったらしいぞ」
声呼は犬飼の姿を思い浮かべた。
上は白シャツ。ゆるく結ばれたネクタイ。下はジャージ。足元はサンダル。髪は寝癖で無精ひげの冴えない中年男の姿がそこにあった。
「えー? なんか冴えない感じのおじさんですけどねぇ」
「今はな。若い頃はアリーナ系FPSで世界大会まで行ったらしいぞ。タイトルは忘れたけど」
「えっ! アリーナ系っていうと、|Earthshakerですか!?」
元アリーナ系プレイヤーとしては聴き逃がせない情報に対し、声呼はいつの間にか立ち上がっていた。
「いや、もっと昔のヤツじゃないかな」
「そうですか」
言われてみればESの発売は十年前。犬飼が若い頃ということは二十年前くらいの話だろう。
声呼は平静さを取り戻し、また席に座った。
「さ、そろそろ始まるぞ」
無駄話をしているうちに時間がきたようだ。
皆、絶妙に肩の力が抜けたような気がしていた。
このようなコミュニケーションもまた、無意味ではないのだろう。
樹那はカリスマ性があり、理論より直感に頼るようなリーダーシップだった。
麗羅は理論に基づき、勝つ可能性を緻密に計算し、その結果に従うというものだった。
真希波はデータという事実を基に作戦を考える戦略家である。
「相手はまず、アルファから攻めて来るけど、それはフェイクだ。適当に相手してすぐベータに移動する」
初戦の一本目だというのに、あまりに確信めいた言い方だったので良瑠は質問した。
「なんで分かるんです?」
「いやな、『UNDER DOGS』の一人が練習の配信しててさ。それ見てる感じ、このマップではそういう動きが多いんだよ」
「えっ、そこまで見てるんですか?」
「まぁなー。『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』ってな」
(それはそうだけど……。初戦の平均ランクはゴールドのチーム相手にそこまで?)
口には出さなかったが、良瑠は真希波の事前準備の緻密さに驚いていた。
さっきのチーム名の由来もそうだし、チーム・メンバーの名前すら暗記していたのだ。
次の相手候補である2つのチームにもそこまでしているのだろうか。
それは下級生である自分が、すべきではなかったか。
(ひょっとしたら、自分でも気づかないうちに相手を甘く見ていたのかも……)
あの麗羅ですら、相手の情報をここまで調べてはいなかった。
さらに真希波は、名前のみならず、戦闘データも抑えているのだった。
「戦績から見て、蒲瀬で注意すべきはフーマ使いの犬走だ。撃ち合いでの成績が一番高い。敵が複数いたら、なるべくソイツから狙え」
果たして、『UNDER DOGS』はアルファに攻め込む素振りを見せた後、すぐに姿を消した。
今女も念のため灑一人を残し、ベータに回る。
「きました! フーマ、エントリーしてきました!」
「フォーカス合わせろ!」
良瑠の報告を聞き、即座に真希波から指示が飛ぶ。
いくら強くとも、数的不利は如何ともし難い。声呼と友愛による十字砲火により犬走は瞬時にダウンさせられてしまう。
(真希波先輩は樹那先輩とも麗羅先輩ともタイプが違う。事前に完全に準備をしてくる人なんだ)
事ここにいたっては、疑いようもない。
初戦を圧勝で終えたその日、一年の四人はデータの重要性というものを身をもって学ぶことになった。
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