eスポーツ部
運動部のオリエンテーションは視聴覚室、eスポーツ部は体育館で行うという。
(普通、逆でしょ)
と、声呼は思うが、今女の一学年の定員は二百名、その半数以上がeスポーツ部に入る見込みというのだから仕方のないことだった。
退屈な入学式。気恥ずかしいクラスでの自己紹介。初めての授業。
数々の関門を抜け、ようやくお楽しみの部活動である。
声呼の体育館へ向かう足取りも軽やかだ。
今女の体育館は広い。立った状態であれば全校生徒六百人あまりが入り切るというのだから大したものだ。
今日は一年生が百余名と先生が数人いるだけなので、全員が体育座りしてもまだ余裕はあった。
正面にある舞台ではホワイトボードが設置され、eスポーツ部顧問である学院長、沖竜爪がその脇に立っていた。左右には椅子が並び、部門の顧問と思わしき先生が座っている。
(学院長だ。相変わらずイケオジだねぇ)
沖は五十代であるが、見た目はまだ若々しく、長身でダーク・スーツを着こなすその姿はミドル・エイジ向けファッション誌のモデルのように見えた。
マイクを渡された沖は、軽く先を指で叩き、音を拾えていることをチェックした。
「それではeスポーツ部、オリエンテーションをはじめます。私は学院長でありますが、eスポーツ部の顧問を兼任しております。というのも、eスポーツと一口に言ってもジャンルが多くあるためです。それぞれのジャンルごとに顧問の先生がいらっしゃいますから、皆さんの直接的な指導はその先生方から受けてもらうことになります。私はそれらを統括する立場、とお考えください」
沖はホワイトボードの中央上部に大きく〈eスポーツ部〉と書き、そこから下へ向かって放射状に数本の線を引いた。
ついで、その一つの先に〈MOBA部門〉と書く。
「まずは現在、世界的なeスポーツで最も人気が高いMOBAについてご紹介します。ご存知とは思いますが、MOBAとは|Multiplayer online battle arenaの略です。我が校のMOBA部門は大変優秀で、多数の大会で好成績を残しています。では顧問の犬飼先生、お願いします」
沖に呼ばれ立ち上がったのは、冴えない中年男。下はジャージ、上はワイシャツという奇妙な出で立ちをしている。
声呼は興味を失い、考え事を始めた。男がダサいおっさんだったからではなく、MOBAはまったく知らなかったし、知る必要もないと思っていたからだ。
(はやくシューター部門にならないかなぁ)
もとより声呼の興味はそこにしかない。
それ以外の部門はとっとと終わらせて欲しいというのが本音だった。
髪の先をいじりつつ、そろそろ切ろうかなぁ、などと考えていたら説明は終わったらしい。
再び沖がマイクを握った。
「犬飼先生、ありがとうございました。続きましてシューター部門の説明に移ります。シューターはFPSやTPSなど包括した部門です。FPSはFirst person shooterの略でありまして、こちらも古くからeスポーツの人気ジャンルであります。TPSは三人称のシューターですね。では細かい話は顧問である元谷先生にお願いするとしましょう」
紹介されて立ち上がった、というより椅子から降りた、という感じ女性の先生は、立った状態でも座っている他の顧問たちと同じくらいの高さしかなかった。
中央の沖に向かって歩いて行く様は、おじいちゃんに呼ばれた孫娘のようである。
沖が軽く膝を曲げマイクを渡すと、元谷は生徒たちへ向かって水飲み鳥のように頭を下げた。
「ただいまご紹介にあずかりました、シューター部門、顧問の元谷です」
(ちっさ! 声かわいい!)
声呼は思わず声を出しそうになった。見た目を裏切らず、声もまるで少女のような若さと高さを持っていた。
薄ピンクのスーツも、そんな自分の特徴をわかっているからこそのようだ。
ショートの黒髪で、黒豆のような小さな瞳が照明を反射して光を放つ。
口や鼻も小さすぎるのか、声呼の位置からは判別できないほどだ。
「シューター部門はいくつかチームがあります。今、一番人気が高いのはバトルロワイヤルのチームです。それからタクティカル・シューターのチームもあります。それぞれにゲームごとのチームがありますので、希望するチームを決めておいてください」
(やっぱ、アリーナ系はないか)
予想はしていたものの、現実を突きつけられ声呼はうなだれた。
あればラッキー、くらいに考えていたのだが、無いならば作るまで。幸いにもアリーナ系は一対一での対戦が多い。たとえ一人でもチームとして活動できる可能性はあった。
「これはすでに皆さんもご存知とは思いますが、タクティカル・シューターであるCounter-EspionageがPhase ZEROの正式種目に昇格となりました。もう一つの大きな大会、全国高校eスポーツ大会でも採用されるという情報もあります。そこで、シューター部門ではCEのチーム・メンバーを特に募集しております。今はまだチームも人数不足で、新入生であってもレギュラー入りを狙えるチャンスがあります。シューターに自信がある方は是非、チャレンジしてみてください」
(へー?)
それを聞いて声呼は目を光らせた。
シューターに自信がある方、そう言われて火がつかないわけがない。
(タクティカル・シューターはやったことないけど、シューターなんて基本は一緒でしょ。チャレンジしてみようかな?)
アリーナ系チーム立ち上げは、それがダメだったときのためにとっておいても問題はない。
(どうせ、大会も無いし)
プレイヤーが圧倒的に少ないアリーナ系には、高校生を対象とした大きな大会は存在しないのだ。
一般の大会もコミュニティ・レベルの小さなものしかない。
それから格闘ゲーム部門、カード・ゲーム部門などの説明が続いたが、もはや声呼の耳にはノイズとしてしか認識されなかった。
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