良瑠の事情
久々の一家団欒だというのに、会話もなく寂しい食卓だった。
近代的で瀟洒な家だ。ダイニングにある長テーブルに一家三人が座っている。上座の父、その左にいる母、そして右にいるのは良瑠だ。
試験中のような緊張感、そして静寂を破ったのは、意外にも父だった。
「良瑠。学校はどうだ?」
良瑠は電気を流されたようにピクンと跳ねた。
(父さんがそんなことをなぜ?)
普通の親子なら当たり前の会話だろうが、この父においては、かつて見たことのない発言だった。
良瑠が我が耳を疑うのも当然である。
「あ、あの、楽しいです」
「そうか。お前がどうしても入りたいと言って入った学校なのだからな。きちんと通って卒業しなさい」
「は、はい」
正面の母を見るが、黙々と口に含んだものを咀嚼しているだけだ。
父の言うように、今女へ入学したのは良瑠が強く希望したからだ。
理由はもちろん、eスポーツ部に入りたかったがため。
だが、良瑠は自身がゲーム好きであることを、家族には秘密にしていた。
「部活は何をやっている?」
続く質問には手が震えた。それを隠すため、そっと箸を置き、両手をテーブルの下に入れた。
「あ、あの……情報技術部です」
そんなものは存在しない。
父に嘘をついた。その罪悪感で胸をきつく縛られたような苦しみを覚える。
黙っていた母も会話に加わってきた。
「電話があったんですよ。確か、有永さんっておっしゃる方。良瑠、知ってるの?」
「はい、同級生です」
(声呼ちゃんが? なんで?)
連絡ならGATEを使えば良いこと。わざわざ電話をしてきた理由が分からなかった。
「最近、部活に来てないんですって、そうおっしゃってたのよ」
(部活に行ってなかったあの頃? 声呼ちゃん、家に電話してくれてたんだ……)
それほど心配をかけてしまっていたことに罪悪感を感じたが、状況はそれどころではない。
(まさか、バレてる?)
その不安は的中していた。
「その方、『eスポーツ部の者です』っておっしゃたんだけど、どういうことなの?」
まさか、こんなことから発覚してしまうなんて――良瑠は自らの行いを悔いた。
自業自得だが、なんとか誤魔化さなければならない。
部活を辞めるわけにはいかないのだ。
「それは、コンピュータを使ってスポーツを研究するっていうテーマで――」
「嘘をつくのは止めなさい」
父の鋭い視線が良瑠を射抜いた。
「ゲームのことだろう。それくらいは私にも分かる」
父は昔から厳格だった。
母は父の言うことが絶対、という態度だった。
良く言えば首長たる父をたてていた。だが良瑠からは召使いのように見えた。
付き合う友達も管理された。
どこどこの地区に住む子とは付き合うな、あの子はもう家に呼ぶな、せっかく仲良くなったと思った子とも、そう言われて疎遠になったことは数え切れない。
なぜなのか納得いく理由は教えてくれなかった。
大抵のことは「教育に悪い」で済まされてしまった。
習い事は勝手に決められた。
ピアノ、英会話、乗馬それから茶道を気がついたらやらされていた。
学校が終われば習い事で埋められている。土日も休みなど無い。
良瑠には、友達と遊んだ経験はほとんど無い。
買い物も自由は無かった。
漫画など、中学に上がるまで見たこともなかった。
小説も古典しか読むことを許されなかった。
スマホは未だに持っていない。そんなのは学校で彼女だけだ。
ゲームに出会ったのは中学二年のことだ。
同級生が隠し持っていたゲーム機。それを触らせてもらった。
自分の思う通りに、小さな画面の中のキャラクターを動かせる。ただそれだけのことが無性に楽しく、興奮したのを覚えている。
この中では自分の好きなように動くことができる。
走り、飛び、ときに敵を倒す。
物を壊したって誰にも叱られない。
この中には自由がある。
自分もそれを欲しいと思った。
だがゲームなど許される家庭ではない。
そこで思いついたのがパソコンだ。
これからはパソコンくらい使えないとダメだと思う、そう説得したらいとも簡単に自分専用のマシンが手に入った。
「ゲームを使ったスポーツなんです」
良瑠は苦し紛れの言い訳をなんとか絞り出した。
彼女自身ですら、eスポーツをスポーツというのは理解されないだろうと思っていた。
体を動かさず、汗一つかかないゲームのどこがスポーツなのか。
そう言われてしまったら反論できない。
ある人は「スポーツは本来、娯楽という意味だ」と言う。
それが本当だとしても娯楽などこの家で許されるはずがない。
ある人は「スポーツは体を動かすという意味ではなく競技という意味だ」と言う。
それも間違いではないだろうが、多数の競技が存在するなかでなぜそれを選ぶのか、と問われたら答えに窮する。
「そうか。頑張りなさい」
「はい。……え?」
あり得ない父の言葉に、思考が停止した。
それは母も同様だったらしい。
「あなた!?」
「おおかた、それが目当てであれほど今女に入りたがったんだろう? ならば真剣にやりなさい。その代わり、成績が落ちるようなら辞めてもらうぞ」
「は、はい!」
母はまだ納得がいかぬようで、父のことを睨みつけている。
だが父は素知らぬ顔で夕飯を食べ続けた。
母は密かに父に相談し、部活を辞めさようと仕向けたに違いない。
なのになぜ、父が許してくれたのか。良瑠には皆目検討もつかなかった。
しかし、触らぬ神に祟りなし。下手にほじくり返して気が変わってしまってはたまらない。
良瑠は急いで食べ終えると、母と目を合わせぬよう、食器を片付け、そそくさと自室に戻っていった。
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