嫌な予感
準決勝からはBO3。先に二本取った方が勝利となる。
一本目を13-10で取った今女は、二本目も勢いを失うこと無くリードを続けていた。
そして12-9のマッチ・ポイントを迎える。このラウンドを勝てば今女の勝利となる、大事なラウンドだ。
ゲーム前、ここで今まで大人しく指示に従ってきた麗羅が口を出してきた。
「樹那先輩。ここはマッチ・ポイントですし、一気にフル・バイで勝負を仕掛けましょう」
全てのスキル、ヘヴィー・シールド、2,900キャッシュ以上の武器を買い揃えることをフル・バイという。
これ以上はない、最高の装備を整えるということだ。
「いや、相手もフォース・バイだ。ここはハーフ・バイにして次で決めよう」
次以降に備え、ある程度購入を控える買い方をハーフ・バイという。
樹那はあえて相手のキャッシュをここで使わせ、次で勝負をかけるつもりだ。
「樹那先輩にしてはクレバーな判断デスね」とアリスは何か含みのある笑顔で茶々を入れる。
「うっさいわ!」
「ですが先輩、相手も9ラウンド取っていますし、こちらも余裕はあまりありませんよ?」
「うん。それは分かるけど、そうした方が確実だと思うんだ」
「それとわたくしが懸念しているのは声呼の状態です」
「え? わたし?」
麗羅が自分のことを見てくれているとは思いもよらなかった声呼は、驚いて少し椅子から浮いてしまった。
「ええ。わたくしの見立てでは、声呼はそれほど集中が長く持つタイプではありません。これまでは声呼の勢いもあって勝ててきました。まだ声呼の集中が切れていないうちに勝負をかけるべきです」
「ふむ、なるほど。麗羅がそう言うなら、そうなんだろう。声呼はどうだ? 自分ではどう思う?」
「えと……」
(集中……別に切れそうじゃないよね?)
声呼は自問自答する。
彼女は、自分では集中力は高い方だと思っていた。
イヤイヤやっていた試験勉強も、一度始めてしまえさえすれば、何時間でも没頭することができた。
その力がなければ、今女にも合格できなかっただろう。
好きなゲームならば尚更である。
ゲームの手を休めて、初めて自分が食事をしていないということに気がつく、そんなこともしばしばあった。
まして今日は大会である。食事も、十分な睡眠も、もちろんトイレも、事前にバッチリ済ませてある。
「はい! 集中力あります!」
「そっか。それじゃ、仕掛けてみるか。声呼、頼んだぞ」
「はい! やりましょう!」
まさか自分が先輩方から期待をかけられるとは、声呼は興奮し、顔を紅潮させた。
最初の頃は叱られてばかりだった。それが今では頼られるようにまでなるとは。
声呼は手足が震えるのを感じたが、それは恐怖からくるものではないことは分かっていた。
「声呼、ここで負けてもまだ取り返す余裕はあるから、緊張するなよ」
「はい!」
樹那はそう言うが、緊張するなと言われて緊張せずに済むのなら苦労はない。
声呼は手汗でマウスが少し滑り落ちたような気がして、慌ててスカートの腿のあたりで手を拭いた。
しかし、今の状態はむしろ心地良いものだった。
攻撃側の声呼は先頭に立ち、進む。角を曲がるたび、敵のいそうな場所を警戒し、先に照準を合わせておく。プリ・エイムというテクニックだ。
手早くクリアリングを済ませ、エリアを侵攻していく。後少しでアルファというところまできた。
【Jyuna:声呼、待て】
樹那が普段より低い声で声呼を止めた。
【Seiko:はい】
【Jyuna:このルート、嫌な予感がするな】
【Seiko:え? どういうことです?】
【Jyuna:ここまであっさり来られるって、なんかおかしいぞ。迂回してセンターから攻めよう】
【Seiko:えっ、今からですか? あまり時間ないですよ?】
攻撃側は100秒以内にロケットを設置できなければ敗北となる。
【Jyuna:まだ間に合う。行くぞ】
【Seiko:分かりました】
声呼を先頭に、樹那、アーティファクトを持つ真希波は慎重に自陣に戻り始める。
センターに行くには、かなり戻らなければならない。
その時だった。
【Seiko:敵っ!】
戻るときも決して気を緩めていなかった声呼は、背後に迫っていた敵の一人をダウンさせた。
【Jyuna:あぶねー。コイツ、裏取り狙ってたな】
【Makina:先輩の予感もたまには当たるッスね!】
【Jyuna:うっさい!】
真希波はそう言うが、声呼はそんなことは無いのでは、と思っていた。
これまでカンだの予感だの言ってきた樹那だが、それらが的中することは多くあったような気がするのだ。
それは声呼には無いものだった。経験の差、というものだろう。
【Jyuna:よし、声呼。真希波。同時に行くぞ】
真希波のスキャナーで敵の位置を把握すると、声呼はここでアルティメット・スキル、シュリケンを使用した。
樹那もファイヤー・クラッカーという、爆破により吹き飛ばす効果のあるスキルを、自らの足元に使うことで大ジャンプをし、突入した。
突如、現れた樹那に敵は動揺し、十字砲火を浴びせた。
そうやって敵が樹那に気を取られている隙に、声呼はシュリケンを正確に敵頭部に投げ刺した。
樹那は倒れたが、それと引き換えに二人をダウンさせ、さらにアルファを奪い取ったのだ。
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