Phase ZERO準決勝
予選二日目の日曜の朝。
声呼は意外なほどぐっすり眠れ、万全の状態で目を覚ました。
昨日は二戦目、三戦目と順調に勝ち進み、ベスト4にまで残ることができた。
三戦目は流石に楽勝とはいかなかったものの、地力で自分たちが勝っていることは確実だった。
声呼たちは、自分たちがまずまずの実力者であることを実感していた。
だが、本当に強い相手が出てくるのはここからだ。
(案外、疲れてたのかな?)
顔を洗いながら声呼は思った。
勝った興奮、明日からのまだ見ぬ強敵への不安。
それらから精神が高ぶり、眠れなくなることを声呼は不安に思っていた。
なのに、こんなにあっさりと、夢も見ぬほど深い眠りに付けるとは思いもしなかった。
その理由を、初日の戦いにおける精神的な疲労にあるのではないかと予想したのだ。
鏡の前の自分は、いったって健康そうに見えた。
※※※
部室に集まったメンバー達も、一様に晴れやかな顔をしていた。
声呼は一人ひとりに挨拶を済ませた。
皆、肌艶、声の調子からコンディションの良さがうかがえる。
ただ一人を除いて。
「おはー」
と声呼に声をかける友愛の声に、いつもの調子は無かった。
そのまま大口を開け、あくびまでしている。
今日は決勝まであるかも、ということで友愛も応援に駆けつけたのだ。
「友愛、眠そうだね?」
「うん。昨日は緊張で眠れなくて」
「いや、アンタが緊張してどうすんの」
「いやー。見てる方も案外、緊張するんだよ」
「そういうもんかね?」
友愛はともかく、心配なのは良瑠だ。
あれ以来、部活には一切顔を見せず、今日も彼女の姿は見えない。
(まさか、このまま辞めちゃうなんてことは無いよね?)
念のため、教室を隅々まで見回すが、今日は日曜ということもあり、人は少ない。
良瑠がいたとして見逃すことは無いだろう。
ため息を一つした。そして肩を落としたが、その肩を叩く者があった。樹那だ。
「良瑠のことか?」
「えっ、は、はい」
樹那というのは案外、鋭いところがある。
野性的カン、とでも言うのだろうか。
よく理解できない指示が、妙に的中することがあるのもそのおかげなのだろう。そう声呼は思った。
「大丈夫。ウチからも声かけてるからさ」
「そうなんですか?」
「ああ。オンラインでだけど、良瑠も謝ってくれたし。そのうち来ると思う」
「それなら良かったです」
このまま辞めさせてしまうには、あまりに惜しい逸材だった。
今回はレギュラーになれたけれど、次はもう抜かれるだろう。声呼はそんな予感がしていたのだ。
それは悔しくもあるが、頼もしくもあった。
切磋琢磨できる仲間がいたほうが、自分の成長にもつながる。
それを今までのゲーム経験からよく分かっていたからだ。
「さて、それじゃ準決の相手の情報共有といこうか。真希波、なんかある?」
「あいあい。次の相手は知っての通り、茨城県の私立明慧高校『Soy Beans』。ランクはイン・ヒューマンが一人、ダイヤが三人にプラチナ一人。ま、アタシらとどっこいってどこでさーね」
「うん。ちょうど良い相手だな。ただ前の大会でも分かった通り、ランクは一つの目安にすぎない。ランク以上の実力者がいても不思議じゃないから油断しないようにね」
樹那の言葉に、皆無言で首を縦に振った。
「情報はそんだけッス」
「おいおい、少ねーな」
「先輩、無茶言わないでくださいッス。こっちだってレギュラーなんッスから。練習もしないとですし」
「そっか。そりゃ悪かった。んじゃま、ウチらはウチららしく、全力でやるだけだな」
全員で「オー!」と声を出し、気合を入れる。
麗羅とアリスはキャラじゃないと言わんばかりに小声しか出さなかったが、それでも出しているだけ以前より協力的だった。
※
【Jyuna:次のラウンド、エコ・ラウンドな】
樹那の指示が飛んだ。
ここまで4-5でリードを許している。
1ラウンドも落としたくないところだが、ここは抑えて次から勝負をかけようというのだ。
声呼は難なく最初のダウンをとった。
(またさっきと同じとこじゃん)
この3ラウンド、攻めてくる敵の配置がまったく変わっていない。
(ということは、もう一人はこの裏か?)
スキル、タキノボリで高くジャンプすると塀の上に乗る。下を覗くとやはりその裏に敵が潜んでいた。
ダウン2つ目。
【Jyuna:でかした声呼。そのままアルファを頼む】
【Seiko:先輩、わたしはラークしても良いですか?】
『Lurk』は和訳すると『潜む』だが、ゲームで使われるラークは裏取りする、という意味である。
【Jyuna:いいよ。やってみな】
【Reira:樹那先輩、流石に声呼にラーカーをやらせるのは危険では?】
【Jyuna:いや。アイツももう、無謀な突っ込み方はしないよ】
(さっきと同じならば)
声呼は相手の侵攻ルートと現在地を予測する。その能力はアリーナ系で培ったものだ。
大回りし、背後から攻撃を仕掛ける。
虚を疲れた相手は瞬く間に残った三人ともダウンさせられてしまう。
不利なラウンドで声呼のエースによる勝利。
これが今女を勢いづける決定打となった。
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