抵抗
樹那は何も言わず、良瑠の目を見つめている。
良瑠もここまで言ったらあとには引けぬ、とばかりに言葉を続けた。
「樹那先輩の指示はいつも曖昧で意図が分かりません。その点、麗羅先輩は論理的で何をすれば良いか、分かりやすいんです。樹那先輩はいつも何となく、とか“カン”とかばっかりじゃないですか!」
「まー、それは事実だし、何も言えないな」
樹那は照れくさそうに後頭部を掻いた。
「良瑠、やるジャン」
と言うアリスは二人を好戦的な目で見ている。
麗羅は表情を変えない。
「ボクが先輩の指示を聞かなかったからですか? でもそれはそういう理由です」
「指示を聞かなかったとかは関係ない」
「ならどうして! 撃ち合いは確かにまだ声呼ちゃんには負けます。でも総合的に見ればボクの方が勝っている自信はあります」
(それならわたしが――)
レギュラーの座を譲る。
声呼は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
それは違う。そんなことをしても良瑠のプライドを傷つけるだけだ。
この水中の中にいるような重苦しさから抜け出したいがために、おかしなことを言うところだった。
「良瑠の成長は凄いよ。大したもんだ。でもそれは声呼も同じ。この短期間で努力の跡が見えた。今はまだ、ほんの少しだけ声呼が勝っていると思う。それに、大会は夏だけじゃない。冬にもある。良瑠はそっちを目指して欲しい。それまでに良瑠ももっと成長しているだろ」
「……分かりました」
口ではそう言っているが、良瑠は床に目を落とし、樹那の顔を見ようとしない。
唇は真一文字に結ばれ、握った手は小刻みに震える。
すると良瑠は踵を返し、出入り口へ歩いていってしまう。
「ヘイ! 良瑠! どこに行くノ?」
「良いわ。アリス。放おっておきなさい」
「麗羅? でも……」
「あの子は大丈夫ですわ。少し一人になって頭を冷やしたほうが良いですわ」
「麗羅がそう言うナラ」
声呼は樹那を見るが、出ていく良瑠を見つめるだけで何も言おうとしない。
ドアが閉められる音がすると、樹那が口を開いた。
「では気を取り直して。各人のコントラクターも決めておこう。ウチはエクスプロージョン。麗羅はウンゲツィーファー。真希波はシエル。アリスはフィローゾファ。声呼はフーマ」
「チョット待って先輩。フィローゾファはディフェンダーなんデスよ。ミー向けじゃないデス。テストの時は声呼にストライカーを譲りまシタけれど、大会ではそうはいかないデス」
「分かってる。だけど声呼が使えるのはフーマだけで、今から他のコントラクターを練習する時間が無いんだ。アリスは向いてないと言っても、一通り全部のコントラクターは使えるし、付け焼き刃の声呼がやるより遥かにマシだろ?」
「それはマァ、そうでショウけど……」
「すみません、アリス先輩」
声呼は、これも自分が選ばれてしまったことの弊害だろうと責任を感じていた。
アリスに向かって頭を下げる。
「マッタク。今回はしょうがないけど、ワン・トリック・ポニーじゃ使い物にならないデスよ。他のコントラクターも練習しておきなサイ」
「ワン・トリック・ポニー? ってなんです?」
「あなたのように一つのキャラしか使えないプレイヤーのことですわ」
麗羅はため息交じりに言い放った。
またしても自分の知識不足を責められたと感じ、声呼は肩身を狭くした。
「ま、それも大会が終わってからだな。予選まであと一週間ってことでロリータ先生に交渉して、今週一杯、マシン五台使えるようにしてもらったから」
「おー! 先輩、グッジョブ、ッス!」真希波は親指を立てる。
「だろ? たまにはウチも役立たないとな」
「では、本日からもう使えるので?」
「ああ、麗羅。もちろんだ」
「ではこうしているのももったいないですわ。すぐに移動いたしましょう」
「だな! あ、友愛は見学しても良いし、帰っても良いぞ」
「じゃあ、友愛は見学します!」
一同は部室に移動し、それぞれのマシンをセッティングし始める。
声呼は少し気になっていたことがあったので、樹那に聞いてみることにした。
「先輩。マウスとキーボードは持ち込んでも良いんですか?」
「お? なんかこだわりのデバイスがあんのか? もちろん、オーケーだぞ」
「やった!」
「ごめんな。あらかじめ分かってれば教えられたんだけど、ウチも部室が使えるって知ったの今日だったんだ。明日からは持ってきてくれ。ウチも普段は荷物になるから家に置いてくるんだけど、今週は持ってくるか」
ゲーマーにとって入力デバイスは重要な道具だ。
値段が高ければ高いほど良い物かというと、そうでもない。
性能は当然だが、と同時に自分の手に馴染むかどうかも重要なのだ。
一万円を超えるような、決して安くはないデバイスを買ったというのに、合わないという理由ですぐにタンスの肥やしになってしまう、などということはザラにある。
部室に揃えた機材は決して安いものではない。
だが、誰が使っても良いよう、万人に合うものが用意されている。
例えばマウスは両手持ちに対応したものだし、キーボードはテンキー付きのフルサイズのものだ。
声呼が普段、使っているものとは違う。
声呼はセッティングを終えたところでようやく実感が湧いてきていた。
eスポーツが盛んなこの今女で、まさか一年でレギュラー入りできるとは思ってもいなかった。
声呼はなんとなく自分の手を見て、握ったり開いたりしてみた。
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