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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
追手と旧友
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車での逃亡

 メリーを先頭にし、フェイから逃走するため三人は車の中に入り込む。彼らにとってはすぐ後ろに軍人達がまだ迫っている状態であり、状況は良くない。車内に入り、問題があればすぐに外に出て対処できるよう身構えていると、ゆっくりと車が動き始める。感覚でそれを理解した三人は、とりあえずは安心できると息を吐く。


「これで一段落ついた、か」

「しっかし、メリーはなんでこう、睡眠ガスとか物騒なものなんて常備してるわけ?」

「まったくだぜ。この車もだ。色んなとこを旅してきたけど、こんなでけえのはあんま見なかったぜ?」


 落ち着いた状況になって、レプトとカスミは改めてメリーが何者なのかということに疑念を持つ。睡眠ガスを噴出する手榴弾をすぐに準備でき、今乗っている彼女の車も大型のものだ。通常では手に入らない。

 二人の問いを受けると、メリーはため息を吐きながらそれに答える。


「お前達も何かと物騒だろう。剣とか持ってるし。私も別に平穏な暮らしをするようなタイプじゃないってことさ」


 メリーは二人の質問を詳しい事情は話さずにはぐらかす。そんな彼女の態度にもある程度慣れてきたのか、カスミは特に何度も聞くことはせず、適当な相槌で話を済ませた。

 そんなカスミに反して、レプトはメリーに再び目線を投げかける。疑念とはまた違う感情を含んだ、真っ直ぐな目線だ。


「メリー」

「ん、何だ?」

「さっきのフェイに言ってたヤツ、研究者がどうとかって話さ」


 レプトが話題に挙げたのは、先ほどメリーがフェイを説得しようとした時に口にしたことについてだ。特段、彼女がレプト達を助けた理由についてのことだろう。

 メリーはそのことを口に出されると、少し恥ずかしげに頭を掻く。


「ああ……流石にカッコつけたな、あれは。少しダサかったか?」

「そんなんじゃなくて。……悪かった。さんざん疑って」

「ん……」


 レプトはメリーに頭を下げて謝罪する。それを受けたメリーの方は、一体何事かと言うように目を丸くして首を傾げた。だが、少しすると察したのか、胸の前で腕を組んで呆れたような声を上げる。


「さっきもしなかったか、こんなやりとり」

「……さっきのは、態度が行き過ぎてたってのを謝っただけだ。疑わなくなったわけじゃねえ。でも、さっきのあれを聞いて、100%じゃねえけどお前を信用できそうだと思った。……嘘を言う必要がない場面だったし、それ抜きでもだ。それに、一方的に敵意を向けてたから、それのケジメっつーか……」

「……なるほどな」


 メリーはレプトの話を聞くと、人差し指を立て、何か思い出したように声を上げる。


「そんなことより、私が小粋なジョークを挟んだ時に剣を向けたことも謝るべきじゃないか?」

「いやアレはお前がワリィよ」

「そこは即答なのか……」

「当たり前だ。信用とクソみてえな冗談は分けて考えてるからな」


 レプトは辛辣な言葉で先ほど行ったメリーの冗談を全否定する。流石に命に関わるような冗談までは擁護する気にならなかったのだろう。

 行為を否定されたメリーだったが、先の発言も冗談だったのだろう。全く傷ついていない風で、今度は彼女の方からレプトに言葉をかける。


「それじゃ、これからはある程度信用してくれると思ってもいいのか?」

「おう。今までは悪かった」

「何度も謝んなくていい。私が謝罪を求める器小さい人間みたいだろ。さて……」


 レプトの謝罪を跳ね除け、メリーは車の中に進んでいく。そしてレプトとカスミを振り返り、笑みを浮かべて後に続くよう手で示した。


「来い。この車は私の友人からもらったものだが……きっと驚くぞ」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「うわ……広い」

「冷房とかあるし、冷蔵庫まで……」


 レプトとカスミはメリーの後に続いて車の中を移動すると、車内にある設備に唖然とする。

 外から見て非常に大きかったメリーの車だが、車内の広さは外見に勝るほどのものだった。車内のメインとなるリビングのような部屋には、大きいテーブルとそれを囲うように椅子が三つ備えてある。そして部屋の端には冷蔵庫や小物を入れておく棚が設置されていた。天井にはカスミが目を付けた通り、空調まで備えられている。


「レプト、カスミ!」

「無事でよかった」


 車内の状態に二人が目を通していると、同じ部屋に元からいたレフィとリュウが二人に歩み寄る。特にリュウは物珍しそうに辺りを見回しながら二人を迎えた。


「ともかく二人が無事でよかった。しかし、本当にこの、車……? すごいよね。車って中は全部こんななの?」

「いや、これが特殊なんだと思うぜ。こんなの、見たことねえよ」


 レプトもリュウと同様、車の中の様子を見回しながら彼の言葉に応える。そんな二人を目の端に、レフィはカスミに問う。


「んで、この車の持ち主はどこに行ったんだ?」

「なんか車の前の方……運転室に行ったわよ。多分、ジンと話しに行ったんだと思う」


 カスミは親指で自分達の背後の方を示し、メリーはそちらに行ったと言う。その言葉を聞いた四人はふと、この場から見えるわけではないが、二人がいるはずの車体前方に目を向けるのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「お前、フェイには事情を説明していなかったのか」

「いや、した。何度もだ」


 ジン、そしてメリーは車の運転席と助手席に座ってフェイについて話していた。急場は脱したと考え、現状についてではなく、二人は自身達の周囲について情報を共有しているようだ。

 メリーは不愉快そうに足を組み、自分が不機嫌だと伝えようとしている風にしか思えないほど大きくため息を吐く。


「結果が出せていなければ何十回というトライも意味を持たない。ジン、お前は結局フェイに何も理解させることができていないんだよ」

「そうは言うが、お前もあいつを説得できたわけじゃないだろう。だから、睡眠ガスを使った。そうだな?」

「黙れ。私があの時のことを何も返さないからと調子づくなよ?」


 車を運転しながら話すジンの言葉の内に、メリーの逆鱗に触れるものがあったらしい。彼女は語気を強め、舌打ちをし、ジンを横目で睨む。


「レプトや、他の子達がいるから何もしないだけだ。彼らの問題に一息ついたら、しかるべき責任を取ってもらうぞ」

「……ああ。そこのところは分かっている」

「ならいい」


 メリーは苛立ちを抑えるように、慣れた所作でタバコを口に咥え、火を付ける。

 彼女は先ほど隠れ家の中で行っていた行為を冗談だと言い切っていたが、今の様子を見るに、大きく彼女の意志を逸れたものではないと感じられる。それほどまでに、彼女は強くジンに敵意を向けていた。


「はぁ……しかし、やはりフェイにとっては国や奴への恩が大事なんだな」


 一度タバコを吸って冷静になったのか、メリーは声を落ち着けて言う。彼女はうわ言のように、一人で延々と呟く。


「全く嫌になるよ。これでも、あいつとはいい関係を築けていたと思っていたんだがな。少しも信じてくれないとは……まあ、ああなるのも分からないではないし、あいつにも色々ある。しかし、はぁ……」


 メリーは頻繁にため息を吐き、フェイとの会話で彼のことを全く説得できなかったことを悔やむ。どうやら相当にこたえているらしい。口を閉じた端から、煙が薄く漏れている。背もたれに預ける体重が単純な彼女の重さだけではありえないくらいに沈んで見える。


「本当にしんどい……ニックやレインが言っても駄目なんだろうな。いや寧ろ、あいつらが言って納得したらショックだ。私が一番付き合い長いんだぞ。クソ……」


 メリーは隣にジンがいることなど忘れているかのように独り言を呟き続ける。


「……む、あれは?」


 そんな彼女のうわごとを右から左に流していたジンだが、彼は車の運転の最中、バックミラーに異常を見止める。それは、車のすぐ後ろを追ってくる影だ。それは激しく上下を繰り返し、ジン達の乗る車と一定の距離を保っている。ジンはそれを目に留めると、すぐに何であるかに気付いた。


「あの動き……フェイか!?」


 車のすぐ後ろを追っていたのは、操作する鎖を用いて街中を高速で移動するフェイだった。彼は建物のあらゆるところに鎖を引っ掛け、複数点で自分の体を支えて移動させることで車と同じ速度まではいかないまでも、それを追える程度の速度を実現させている。だが、車は曲がり角がある度に減速する。対して、建物間を自在に移動するフェイにそのロスはない。その差を利用して彼はここまで距離を詰めてきたのだ。

 ジンの言葉を聞き、正気を取り戻したメリーは彼の視線を追い、フェイを補足する。


「あいつ、もうここまで来て……」


 メリーが呟くと、一瞬、フェイが高く飛び上がる。次の瞬間、車体の上部に重いものが打ち付けられたような思い音が響いてくる。同時に軽い揺れが車内を襲った。


「くっ……これは、屋根に乗られたか」


 フェイが消えたことと、今の車の揺れで状況を理解したジンはメリーに目を向けて指示を出す。


「このままでは発信機をこの車に付けられる可能性がある。そうなれば面倒だ。ここで俺が迎え撃つ。運転を代われ。別の仲間に来られると面倒だ」

「……分かった。いや、レプト達を連れて複数人で振り落とせばいいんじゃないか」

「それは危うい。もし車から落ちればタダでは済まないからな。それに、スペースが充分にあるわけじゃない。一対一で向かう方が安全だ」


 ジンは自分の考えをメリーに伝えると、有無を言わさずに自分の策を開始する。


「行ってくる」


 ジンは運転席を立ち、すぐ脇に立てかけていた剣を手に取った。同時に、操作主を失った車は減速を始める。車の速度が緩まったその隙に、彼は素早く車の出入り口まで向かった。その間、メリーは慌ただしく助手席から運転席に移り、ハンドルを握る。振り返れば、もうジンは車内から消えていた。


「無茶な奴だ。まったく……」


 ため息を吐きながら、彼女はアクセルを踏んだ。

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