機転
「くっ、またか……」
フェイは周囲が煙で覆われ、視界がまともに確保できない状態になると咄嗟に頭上に鎖を放つ。そして、先と同様に自分の体を空中に引き上げ、現状を上空から俯瞰した。
フェイが路地を見下ろすと、そこには異様な光景が広がっていた。メリーの隠れ家前の路地は青みがかった大量の煙に覆われ、そのすぐ脇に他のものと比較すると相当大きい車が停車している。どうやら煙で視界を覆われた際に現れたらしい。クラクション音の元はあれだろう。フェイの部下達は一人も煙の中から出てきていない。
「あの車、メリーが準備したのか? 随分でかい……」
メリーがレプト達一行に提供し、現在ジンが運転している車は非常に大きなものだった。大型トラック一個と半分を合わせたほどの長さがあり、横幅は大型のバンと同じくらいある。フェルセの街を通るどんな車よりも大きい。
「ん、あれは……」
急に現れた車とメリーが起こした煙の間、上空から見下ろして地面が見えるその隙間を、前兆なくメリーが走り抜ける。次いで、レプト、カスミもその背に続く。彼らは停まっている車の入口へ向かっているらしい。何故か、全員口元を布で覆っている。
「……っ! やはり、残っていたか」
細かい疑念を深く考えることはせず、フェイは右腕を振り上げ、自分を支える鎖とは別の鎖を放つ。しかし、頭上にいるフェイを意識に入れていたらしいレプトが、手に持った剣で迫る鎖を弾いた。
「クソッ……」
フェイは舌打ちと同時にニ撃目を放とうとするが、最後尾を走っていたレプトの背も車の中に消えていく。同時に、大きい車体はゆっくりと加速し始めた。逃げるつもりだろう。
状況を把握したフェイは、すぐに直下を見下ろしてメリーが発生させた煙の状況を見る。手榴弾から放たれた煙は既に解け、透明になっていた。それを見たフェイは、大声で足元にいる部下達に指示を出す。
「タイヤを撃て! 加速してからでは危険だ、すぐに撃て!」
周囲や中にいる者達の安全を考慮し、加速が不十分な内にタイヤをパンクさせて動きを封じようとフェイは指示を出す。だが、彼の言葉に応える者はだれ一人としていない。
「……なんだ?」
自分の言葉に反応を返す者がいないことに違和感を覚えたフェイは、鎖を手繰り寄せるようにして自分の体を空中で移動させ、すぐ近くの建物の屋上に立って地面を見下ろす。彼の視界はすぐにも異変を捉えた。
「……倒れている? いや……あれは」
煙が晴れてようやく視界が確保できたかと思うと、フェイの部下達は全員、路地の地面に横たわっていた。フェイはその異様な状態を上空から俯瞰し、一瞬の思考を挟んだ後、すぐに結論を出す。
「……寝ているのか。さっきのはただの煙幕ではなく、睡眠ガス……だから口を」
フェイの出した結論は、先ほどメリーが使った手榴弾が噴出したのはただの煙幕ではなく、睡眠ガスであったというものだ。すぐに上空に脱したフェイはその被害に遭わず、避ける手段を持たなかった部下達は煙を吸ってしまったのだろう。
フェイがそこまで考えて結論を出したその時だ。緩やかに加速していた車が、フェイの視界から逃れ始める。自分の本懐を危うく見失う所だったフェイは、すぐに正気を取り戻し、車を目で追う。
(支援は期待できない。俺一人で、追うしかないか……!)
地面で気を失っている部下達に助けを求めることはできない。フェイは自分だけでレプト達を追うと心に決め、十数メートルもある建物の屋上から躊躇いなく飛び降りた。




