研究者兼医者、メリー
「汚いとこだが、まあテキトーにくつろいでいろ」
メリーという女に先導されるがまま、一行はしばらく路地を走った。十分ほど移動すると、彼女が隠れ家だと言う場所にまで辿り着いた。今はその中に全員が入り、とりあえずは外から身を隠すことに成功した頃だ。
メリーの隠れ家は、言ってしまえば荒れていた。全てが片付けられておらず、様々な物品が床や机に散乱し、彼女の部屋に整然という言葉は一切見つけられない。一行はその中で適当な椅子や座るスペースを提供され、落ち着かない様子で座った。
そんな荒れた部屋の中、メリーは全てのものの位置を把握しているのか、入るなりすぐに救急箱らしきものを手に持った。そして、リュウに支えられるレフィに向かう。
「治療だ。腕を見せろ」
「っ……」
リュウの隣で未だに苦痛に表情を歪めるレフィは、メリーから治療という言葉を受けると身を固める。そして表情には、あからさまに拒絶が見て取れた。
「……」
「怯えないでくれ。私はお前に危害を加えたりはしない」
黙したまま敵意の混じった視線を向けられたメリーはレフィの警戒を解こうと、堅くはあるが優しい口調で声をかける。
「一応、私も彼らと同業だった。お前達のような奴がどういう扱いをされたかも知っている。恨みや恐れを抱くのも仕方ないだろう。だが、一を全として見るべきではない」
「……どういうことだよ?」
「一つの例を見ても、それ以外の同種のものを全くの同質としては見るな、ということさ。この世にいる研究者が、全てお前達が記憶しているようなものではない。世の中をよくしようと思っている者も大勢いる。まあ、私はそんな大層な奴じゃないがな。それに、さっき医者もやってると言っただろう? 任せてくれないか」
メリーは少しだけ自分を卑下するように笑って、ポケットから先ほどのとは別のタバコを手に取る。そんな彼女を傍目に、リュウは隣のレフィを安心させるように言う。
「レフィ、ここは厚意に甘えよう。ジンの知り合いだって言うし、彼女は里に来たあいつとは違う。君の記憶にある奴らとも、違うんじゃないのかい?」
「…………そう、だな」
先のメリーの言葉と、命の恩人であるリュウの説得を受けてレフィは惑いながらも頷く。答えを聞いたメリーはレフィの座っている目の前に膝をつき、彼女の負傷した腕を支える。
「さあ、見せてくれ」
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「……これで、よし」
しばらくレフィの腕の銃傷を治療していたメリーは、処置を終えたらしく、息を吐いて立ち上がった。レフィの腕には白い清潔な包帯が巻かれ、傷からの出血を抑えている。赤い出血の色は確かに残っているが、大きくはない。
「できるだけ左腕は使うな。傷が広がらないよう安静にしているんだぞ」
「……あ、ああ」
レフィは、メリーが悪意なく自身の傷を治療したのに対して戸惑いを見せる。遠目にやり取りを見ていたレプトも戸惑っているようだったが、彼も路地にいた時よりは緊張を解いている。
レフィは自分の弾を受けた左腕の調子を右手で少し触って確認する。傷が塞がったわけではないから痛みを感じないわけではないが、当初よりは大分マシになっている。それを実感したレフィは、ぎこちなくメリーに対して頭を下げる。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。返礼だが、すぐに返さなくてもいい。その代わり、今後の行動なり手助けなりで返してくれ。期限はつけないから」
言いながら、彼女は部屋にある他の机と比較すると少しだけマシな状態の机の元に向かい、そこで何か作業を始める。そんなメリーの姿を、レプトとレフィの二人は驚愕の入り混じった目で見る。従来の二人の印象から、あまりにもかけ離れていたためだろう。
「……メリー、だったよな」
「ん? なんだ」
「その……」
レプトは作業を続けているメリーの背をまっすぐ見つめ、途切れ途切れで言葉を紡ぐ。
「さっきの、あれ。まだお前のことを判断しきれたわけじゃないが、それでも、行き過ぎてた。悪かった」
「……」
レプトの謝罪の言葉を耳に入れると、メリーは作業の手を止め、背の方にいるレプトの顔をチラリと見る。レプトは顔を晒したまま、真っ直ぐ彼女の顔に目線を向けていた。それを見たメリーは、息を吐いてこぼす。
「ま、謝罪して当然だな。正直かなりガキっぽかったぞ」
「なっ……」
「若気の至りにしてももう少しマシっぽそうなもんだがな……私がお前くらいの頃にはもっと分別があった気がするよ」
「お前……」
謝罪にかこつけてメリーはレプトに好き放題毒を吐く。彼からしてみれば先に謝るようなことをしでかしてしまった以上、言葉を返すことはできない。不服そうな顔をしながら、しかし言っていることは間違っていないため、レプトは苦い顔をして黙り込む。
そんなやり取りを終えた後で、メリーは作業に一息つけ、ふと言う。
「さて、やっと本題に入れる」
彼女は天井に顔を向け、息と共にその言葉を吐く。同時に、彼女は雰囲気が変わったように、冷えた口調でジンに声をかける。机に両手をつき、彼に背を向けたまま。
「ジン、ここには何をしに来た」
メリーの言葉に、ジンは彼女と同様に熱のない言葉で以て返す。
「今連れている、そこのカスミという子なんだが、人攫いに誘拐された子でな。大分遠くに家があるらしく、そこに行くまでの車がほしい」
「なるほど。確かに私は車を持っているし、丁度長旅にも適しているものだ。人助けのことなら貸すのはやぶさかではない。だが」
メリーはジンの方を振り返り、目を泳がせながら続ける。
「……頼みを聞く前に、あの時のケジメを付けてもらおう」
メリーは先ほどまで向き合っていた机の引き出しから黒い物体を取り出し、その先をジンに向けた。彼女が手に持ったのは、銃だ。




