トラウマ
「研究者……」
「あいつと同じ、白衣……」
ジンを除いた四人、特にレプトとレフィの二人は強い敵意を持ってその人物を睨む。二人が女に敵意を向けるのは、彼女が二人にとっての研究者の象徴、白衣を身に纏っていたからだ。加えて、エルフの里で問題を起こしたフューザーのことがある。カスミとリュウにもそういう印象があった。
初めて顔を会わせるはずの四人に敵意に似た感情を向けられたその女は、口にくわえていたタバコを指に挟み、ため息を吐く。
「どうもよく思われていないらしいな。ジン、私を化け物か何かとでも説明したのか?」
「いや。だが、レプトをはじめ、“そういう連中”に良い思い出のない奴らだ。特に……レフィ。赤髪の子はレプトと同じような目に遭ってきた」
ジンは大雑把に女へ一行の事情を説明した。彼は抽象的な言葉を用い、短くそれを伝えきる。女はその説明でレプト達の感情の根を理解したのか、小さく「なるほど」と呟きながらレプトとレフィに目を向ける。
「まあ、多少は受け入れてやる。だがまあ、そんな下らないことで関係に支障をきたすようなことにはしたくないな」
女は何気なく、下らないこと、と言った。それを聞いたレプトとレフィは歯を食いしばる。
「下らないこと、だ?」
「……お前らのせいで、どんだけ苦しい目に遭ってきたと思ってんだ」
敵意に近い、ではなく、二人の目線は最早完全なる敵意となって女を刺す。自分のその意志の一切を隠さず、レプトは女に詰め寄った。
「テメエみたいな白衣を着た連中が、毎日ガラス越しに物を見るような目で見てきやがった。刃を体に入れてくるなんてのも珍しいことじゃなかった。……この間見た奴も、命を何とも思わない奴だった。お前も、そうだろ」
フューザーのことや、これまで見てきた人間達のこと。それら全てに対する憎悪を向けるように、目の前の女にレプトは歯を剥く勢いで向かった。
凄絶な嫌悪を表すレプト、そして彼の背後から同じように視線を向けてくるレフィを目に、女は平静を保っていた。彼女は負傷したレフィは一度置いておき、手近なレプトに歩み寄る。
「不思議なんだが、聞いてもいいか?」
「……なんだ?」
「私、自分が研究者だと一言でも言ったか?」
そもそもの問題として、女は自分が研究者だと言ったかと確認する。レプトはそれに対し、覚えた不快感を隠さない低い声で返す。
「否定しないでいちいち聞いてくるってことは、そうなんだろ」
「確かにそうだ。だが同時に医者でもある」
「どうだっていいんだよ、んなことは」
「おいおい……」
話を一切聞く気がない態度を見せるレプトに、女は頭を抱える。そして、次の瞬間に彼女は何故か、眼前のレプトのフードを一気に剥がす。
「っ……」
レプトは急な女の行動に驚くが、何も言わず、その双眸で女を睨み続けた。その、片方ずつが別の形状をした瞳に睨まれながら、女は呆れたように息を吐く。
「お前のような奴こそ一番人を見かけで判断しないものだと思うんだがな」
「あぁ……?」
「お前、最初は白衣で私を研究者だと勝手に判断して敵意を向けたな。これまで旅をしてきて、その見た目で嫌な思いをしてきただろうに……。他人にはそれを返すという訳だ」
女は笑いながら、からかうようにレプトに言う。その言葉を受けると、レプトはその半々の顔を大きく怒りで歪めた。
「実際そうだっただろうがよ」
「そんなことは重要じゃない。職業とか、見た目とか、そういうステータスみたいなもので人を量るのが浅いと言っているんだ。お前は、私を信じるかどうかの判断すら放棄している。思考を停止して、こういう奴だから敵だ、と勝手に結論付けている」
「だったら何なんだ。どっちにせよ、俺は……」
「やめろ」
レプトが女に食って掛かっていると、その最中、彼の言葉をジンが遮る。彼は女の方を示しながら、自分と彼女の関係について説明する。
「こいつは俺と同じ職場で働いていたことがある。信用できる人間だ。確かにお前達が感じた通り、研究者であることはたしかだ。だが、お前達に酷いことをした連中とは全く別だ。俺が保証する」
ジンは目の前の女は信用ができると理由を付けて説明した。だが、その話を受けても二人が納得することはなかった。レフィはリュウに支えられながらも恐れの混じった目で女を睨み、レプトは先ほどジンに阻まれた言葉を続ける。
「……俺は信用する気になれねえ。誰が何と言おうとも、それは……」
「レプト」
「……あ?」
今度はカスミがレプトの言葉を遮る。次は一体何かと、レプトは半ば怒りの籠った目線で彼女を睨む。相手が違うが、その威圧の度合いは変わっていない。彼の半々の瞳は、その敵意を強く見せているようだった。だが、カスミはレプトのその目線に全く臆さずに返す。
「アンタ、あの時の私みたいになってるわよ」
「あの時……?」
「初めて会った時の私よ」
「…………あれか」
レプトはカスミの言葉で、彼女と会った時のことを思い出す。あの時、カスミはレプトのことを外見で判断し、敵だと判断していた。以前から似た見た目のフードの格好をした人間に攫われていたとはいえ、全く悪人でもないレプトに対してそういう扱いをしていたのだ。
当時のことを思い返すレプトに、カスミは付け加えて言う。
「私とアンタじゃ度合いが違うから、先入観みたいなものが強くなっちゃうのは分かるわ。だけど、この人のこともちゃんと見てから判断しないといけない。私は取り返しのつかないことをしちゃったけど、アンタはまだそこまで行ってないでしょ?」
カスミは自分がレプトのフードを引き剥がした時のような過ちを、彼には犯してほしくないと言う。
レプトはカスミのその言葉を受け、歯を食いしばって考えながら白衣の女を睨む。今まで見てきた者達の姿を彼女に重ねずにいることはできなかったが、しばらく前の自分の気持ちを思い出し、踏みとどまる。
「……分かった。今は……様子を見る」
レプトは何とか自分の中で踏ん切りをつけた。そこでつけた着地点が、完全に態度を軟化させるのではなく、様子を見る、という結論。
女はその言葉を聞き、タバコを口に咥えて煙を一条吐く。
「すまないな、私も自分のことをよく証明できる手段なんて持ってなくてね。まあ、ともかくは現状の打開だ。フェイに追われているだろう?」
女は現状についてのことを一行に話す。研究者の人間がジンの知り合いだったことを知って一瞬忘れていた今の状況を思い返し、一行は焦りを思い出す。そんな彼らに、女は路地の先を歩いて振り返る。
「ついてこい。私の隠れ家がある。元よりそこに案内する気で来た。もし位置が分かったとしても、中の人間が誰かもわからない状況ではあいつも立ち入りづらいだろう」
女は一行の先頭を歩き始めながら、ふと思い出したように振り返る。
「名前、言ってなかったな。私はメリーだ。今後はそう呼べ」




