打開を導く団結
フェイの、自分の後ろにはこの国の軍の頭目がいるという発言に一行は一人を除いて驚愕を顔に浮かべる。レプトは以前からフェイと関わりがあると知っていたジンに事の真偽を問う。
「なあジン、今のあいつの言葉は、本当なのかよ」
「……事実だ。間違いない」
レプトの問いに、ジンは全くの迷いなく、ゆっくりと答えた。フェイの言葉がハッタリでないことを知ると、四人は先ほど消えかけた不安や焦燥を表情に薄らと戻していく。
そんな彼らに、それらの負の感情以外を植え付けようとフェイは続きを話す。
「ここで提案を飲めば、お前達三人の要求を飲んでやる。無論、ジンさん達に関わるものは許可できんがな。だが、大抵のことは解決できるだろう。居場所を探しているなら、用意しよう。抱えた問題があるなら解決しよう。ここで一歩譲れば、全てを提供すると約束する」
甘言。フェイは本当に欲しい相手だけを除き、それ以外の戦力を削ごうとする。もしこの提案を三人が飲んでしまえば、レプトとジンに為す術はないだろう。今は完全に包囲されており、前回のように周囲に身を隠すことができる人混みは存在しない。加えて、以前ジンが小細工を使ったということは、彼単一の力ではフェイ達の包囲を突破できないことに他ならない。
「好きにしていい。フェイの言っていることは本当だろう。その上で、どう判断するかはお前達に任せる」
ジンはカスミ、レフィ、リュウに言う。フェイの言っていることは本当だろうと告げ、自分達に背を向けるかどうかは各々の選択に任せる、と。レプトは黙ったまま、三人の方へ目を向けて頷く。彼もジンと同じ意見、ということだろう。
突然現れた舗装された道。渡るには、横に並ぶ友を置いていかなければならない。友はそれを了承している。
だが、カスミはフェイの提案とジン達の言葉に、舌打ちで返す。
「ムカつくわね。アンタも、二人も」
フェイは自分の提案に否定的な言葉を発したカスミを黙ったまま睨み、レプト達は呆けた表情をした。リュウもレフィも、彼女の言ったことの意味が分からないようで、怪訝な目線で彼女を見る。
カスミは眉間に深くしわを刻み、歯ぎしりをしながら言う。
「好きにしていいって何よ。少しくらい、恩に報いろ、とか言ったらどうなの? 私達はアンタ達に助けられてんだから」
「い、いや……んなこと言う訳には」
「頼るなり何なりされた方がスッと来るわ。そういう態度が逆にムカつくのよ。何て言うか、本当にむしゃくしゃする……それと」
言いたいことだけ言った後、カスミはフェイを指さす。
「何が、軍のトップが後ろにいる、よ。すぐバレるハッタリはやめることね」
「……?」
カスミは、フェイの発言がハッタリ、虚偽であったと言う。一行はその彼女の言葉に驚き、黙って彼女の言葉の続きを待った。フェイや部下達も同様、黙って彼女の言葉を待つ。
カスミはレプトとジンを振り返りながら、自分の考えを話す。
「本当にそうだったら、レプトとジンは二年間も逃げおおせてないでしょ。それに、聞いたわよ。二年間もずっと“アンタ”に追われてるって。本当に軍のトップがいるなら、なんでそいつは何年もターゲットを捕らえられないクソ無能にずっと同じことを続けさせるの? アンタと同じでそいつも果てしない馬鹿だからかしら。それに……」
カスミは辺りの、フェイ達の部下、特にその数を見て言う。
「人が少なすぎるわ。そんな大層な人が後ろにいるなら、もっと大人数でくるはずよ。以上、アンタが虚言を言ってたって証拠よ。私が見た所、アンタ達に指示を出してるのは……エボルブだっけ。そいつらの内の誰か、軍の全体を操れるような人間じゃないわね」
カスミの発言は、筋が通っている。フェイの言葉が事実ならば、多少実力があるとはいえ、二人は確実に逃げおおせてはいないだろう。彼女の話は、それを聞いていたリュウ達の俯きかけていた顔を持ち上げさせた。
だが、ジンだけはカスミの話を聞いて顔を曇らせる。
(……実際は、恐らく違う。確かにこの状態でその結論までたどり着くのは当然だ。……ただ、ここで言うには都合が悪いか)
ジンはカスミの言葉が誤りであると知りながら、それを口にしないという判断を下す。その考えに至った彼は目線を地面に向けて身動きせず、唇をかみしめていた。
そんなジンの表情には気付かず、カスミは続けた。
「それに何より、よ」
カスミはフェイを睨み、宣言するように言う。
「小汚い手を使う上に、有利な状況なのに小細工を使おうとする肝っ玉の小さいアンタみたいなカスの言うこと聞くわけないでしょ。ね、二人共」
最後、カスミは自分と同じように誘いをかけられていた立場のリュウとレフィを振り返る。そんな彼女に、レフィは力無く笑い、リュウは目を逸らして言葉を返す。
「当たり前だろ……」
「まあ僕はちょっと考えちゃったけどね」
「「おい」」
リュウの言葉にカスミとレフィは同時に声を上げる。真剣な表情の二人にリュウは「冗談だよ」と笑って返した。
一連のやり取りを見ていたフェイは、息を吐いて重ねて問う。
「誰も応じない、ということか。いいんだな? ちなみに言っておくが、さっきのはハッタリじゃないぞ」
彼は自分の手の平に収まる鎖を弄びながら確認する。自分の話は嘘ではないと念を押し、その上で提案を断るのかと。
その言葉に、カスミは馬鹿にするように鼻で笑う。
「有り得ないって言ってるで……しょッ!」
「っ……!」
カスミは言葉を返しながら、右手に持っていた何かを凄まじい勢いでフェイの顔面目掛けて投げつける。石だ。その辺りから拾ったらしい。カスミの尋常ならざる腕力から射出された、銃弾とも遜色がないほどの勢いで迫ったそれを、フェイは寸でのところで回避する。
「こいつ……」
恐ろしい力を発揮し、最早話し合いなどはしないと態度で示したカスミにフェイは明確に敵意を向けた。それに対し、彼女は嘲るように歪んだ笑みで返す。
その時だ。レプト達一行とフェイ達の二者が立つ間に、カラカラという音を立てて何かが転がってくる。場にいる全員が一人も漏れず何事かと足元を見た。どちらかの仕掛けたことでもないようだ。戦いの火ぶたが切って落とされようとするこの密な瞬間に入り込んできた異物に全員が注目する。
石畳の上には、手榴弾が転がっていた。それが何か、全員が把握して警戒した瞬間、それは起爆する。だが、それは破壊を目的にしたものではなかった。その爆弾から出てきたものは、真白の煙。それは裏路地一帯を一瞬にして包み込み、全員の視界を瞬く間に奪い去った。




