凶弾
「あの子はシンギュラーか。どうしてこう、あのエルフにゴリラ女といい、ジンさんの周りには普通じゃない人間が集まるんだ」
フェイは目の前にそびえ立った炎の壁の奥、自分達から逃げるジン達を目にため息を吐く。追っていた相手を目の前にして逃げられ、状況が一気に悪化したというのに彼は妙に落ち着いていた。そんなフェイに、明確な焦燥を顔にした彼の部下、ユアンが声をかける。
「ちょ、フェイさん。ヤバイっすよ。逃がしていいんすか? まだ銃も鎖も当たるし……」
「いや、ここで無理に攻撃する必要はない。照準も炎越しで安定しないだろう。致命傷を与えてしまうようなミスは避けたい」
フェイは冷静に、現状はジン達に何も仕掛けないでいることが得策だと言う。ただ、彼の中では安心していられる材料が揃っているのかもしれないが、部下はそうではない。皆がそれぞれ焦りを顔に浮かべている。そんな彼らの気持ちをユアンが代弁する。
「フェイさん。このままじゃあ逃げられちゃいます。一体なんだってそんなに落ち着いていられるんですか」
「こちらに有利な状況だからだ。まず、ジンさん達はこの街の構造を全く知らないだろう」
ユアンの問いに、フェイは自分が冷静でいられる理由を淡々と話し出す。
「恐らくここに来て何時間か、という所だろう。もっと短い可能性もある。あんな目立つ連中をずっと見逃すわけもないからな」
「で、でも……だからってすぐに見つかるわけじゃないでしょう?」
「いや、見つかる。さっきの攻撃、ただ外したわけじゃないからな」
フェイは落ち着いた所作で懐から何かの機械を取り出す。液晶の画面がある、携帯連絡機に似た形状の道具だ。フェイはそれを手に持つと、何か確信を得たように、部下の者達に指示を出す。
「行くぞ、こっちだ」
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レプト達は人目の付かない裏路地を駆け、フェイ達から距離を取ろうとしていた。そんな中、レプトは思い出したように自分の後ろを走るレフィに問う。
「そういやレフィ」
「ん?」
「お前、あんなに能力使っても大丈夫なのかよ」
「ああ……いや、大丈夫だな」
「……あの時みたいにはならないよな?」
レプトは心に秘めていた危惧を口にする。それに対して、レフィは走る速さを変えず笑って答える。
「大丈夫だって。調子も全く悪くねえし……それに、あん時とは力が全然違えしよ」
「そうか、ならよかったぜ」
レフィの笑顔の返答を受けると、自分の心配が杞憂だったことを確信してレプトは安心する。彼は背後を振り返るのをやめ、逃げるのに集中しはじめた。
「で、ジン。これからアンタの知り合いに会いに行くってことでいいの?」
レプト達の話を余所に、ジンについて走るカスミは彼に逃げる先について問う。
「そう、だが……俺は奴の居場所を知らん」
「なるほど……って、はあ!?」
ジンの言葉にカスミは大声を上げて疑問を露わにする。状況の危うさが一段と上がるようなこの情報に、彼女は自然と足を忙しく動かした。
しかし、ジンはそんなカスミを落ち着けるように付け加える。
「最後に会ってから二年だからな。ただ、この街にいるのは確かだ。それと、あいつはこの辺りじゃ目立つ建物に住んでると言っていた」
「目立つって……?」
「技術レベルが明確に違う家に住んでいると話していた。ともかく、それを探しながら走る」
「ってことは、まだ逃げ先が確定してるわけじゃないのね……」
ジンは、知り合いがいるだろう場所を探すところから始めると言った。つまり、逃げる場所が定まっているという訳ではない、ということだ。それを聞いたカスミは、不安そうな表情を浮かべて唸った。
両脇を背の高い建造物に挟まれた路地裏を五人は走り続ける。目的の場所を明確につかんでいるわけではないが、ともかく追手がいる以上、逃げない訳にはいかない。
そんな最中だ。その場に僅かな音が響く。鉄製の小さい部品が擦れるような高い音だ。
「ッ、伏せろ!」
走っていたのを急停止し、先導していたジンは振り返った。彼は今の音で何が起こっているのかを理解したようだ。しかし、彼以外の四人は一体何事かと一瞬思考がフリーズしてしまう。
その隙を突かれた。最後尾を走っていたレフィ、彼女の腕にどこからか飛来してきた鎖が巻き付く。
「うわっ! 急に……」
フェイの鎖だ。静かに迫ったその鎖はレフィの右腕を絡めとると、上に引き上げる。どうやら繰り手は上にいるらしい。一行が鎖の伸びる先を目で追うと、フェイは建物の屋上に立ってこちらを見下ろしていた。そして、彼の隣には銃を持ったユアンがいる。
「今だ、撃て」
フェイの言葉と同時に、ユアンは手に持った銃の照準をレフィに向ける。そして、その場に耳を強く打つような乾いた破裂音が響いた。
刹那、レフィの腕から赤い光が飛び散る。銃弾が、彼女の腕を貫いたのだ。




