記憶の行方
フェルセという場所は、地面を石畳で舗装された一定レベルまでの技術が広まった街だ。最もその度合いを分かりやすく示すのは、道の形状と、そこを闊歩するものだ。フェルセの街の通りは幅が狭い歩道と、歩道より三回りほど大きい幅を有する車道に分かれている。歩道にはもちろん人が行きかっており、そして、車道には車が行き来しているのだ。ただ、車が走っていると言ってもその数や頻度は少ない。一つ角を曲がって通りを見渡した時に一台車を見るか見ないか、という具合だ。人々は車道があまり頻繁に使われていないことを分かってか、車道を躊躇いなく歩いている。車が通った時、必要に応じてその場を退くという感じだ。
そんな街の歩道に特徴的な見た目の五人が歩いている。フードの男が二人、真っ赤な髪の少女、和装の青年、という具合だ。唯一あまり目立たない格好をしているのは紫髪の少女だが、彼女も周囲とは似つかわしくない豊かな服装だ。全員が全員、街の人々を振り返らせるような外見をしている。
そんな一行の和装の青年、リュウは周囲の景色を見回しながら声を上げる。
「しかし、何度見てもやっぱり見慣れないなぁ。あの車っていうのは、どうやって走ってるんだい?」
リュウは時たま通り過ぎる車に都度目を奪われていた。彼は里以上の技術に関して強く興味を引かれているようだった。そんな彼の言葉にジンが答える。
「この辺りのだと、恐らくガソリンという燃料が使われているな。首都周辺だと電気で動くような車もある」
「電気……? 電気って聞くと、僕は静電気を思い浮かべるんだけど、あんなので車が走るのかい?」
「いや、まあ……ちょっと説明が難しいな」
ジン自身も車や機械などの仕組みについては詳しくないのだろう。リュウが首を傾げるのに対し、彼は曖昧な言葉を返すのだった。
そんな二人を余所に、レプトは思い出したように隣を歩くレフィに声をかける。
「そういやよ、レフィ」
「ん、なんだ?」
「お前、車とか見ても驚かないんだな」
レフィとリュウの反応の差に違和感を感じたのだろう。レプトのその言葉を聞くと、近くで話を聞いていたカスミも「確かに」と頷く。
「レフィって記憶がなくなってるのよね。それなのに、あんまり意外そうな顔をしないっていうのはちょっと変じゃない?」
二人の疑問に対し、レフィは眉を寄せて車道の方を見た。そこには後ろの方に大きい貨物部分を備えた大型車両が後ろへ走っていくのがあった。それを目で追いながら、レフィはなんとなくの言葉を口にする。
「なんか、別に……。ただ驚かなかったって感じだ。車のこと、知らない訳でもなかったしな」
耳の端にレフィ達の話を入れていたジンは、自分の考えを述べる。
「レフィはもしかしたら、車が普通にある場所で育っていたのかもしれないな」
「んぅ……どうしてそう考えんだ?」
「車を見て驚かなかったという事は、記憶がなくなっても慣れのようなものが頭に残っていたということだろう。恐らく、元居た場所で見慣れていたということだ」
「ん……そんなもんなのか」
レフィは自分のことだというのにあまり興味がなさそうな様子でジンに相槌を打つ。そんな彼女の様子を不思議がったのはカスミだ。彼女は眉を寄せ、背の低いレフィの顔を見下ろして疑問を口にする。
「ね、レフィは自分の記憶を取り戻したいって思わないの?」
「どうしたんだ、急に?」
「いや、だってなくなっちゃった記憶に関する話をしてんのにあんまりにも上の空だからさ。今までの記憶がないなんて、寂しくない?」
「うぅん……。正直、分からないんだよな」
記憶がないなどという経験のないカスミは、恐らく自分の肉親などとの思い出が全くなくなってしまったことを想像しているのだろう。だが、レフィは全くそういった様子を見せず、頭の後ろに両手を組んで答える。
「もしかしたら、今ある記憶のもっと前、すっげえ良い生活をしてたかもしれねえ。けど記憶がないから寂しいとも思わねえし、名残惜しいとかも思わないんだ。言うなれば、記憶がなくなる前のオレと、今のオレは、別人なんだと思う。ほら、思い出って、その人の性格を形作るっていうの? そんなとこあるからな」
ぺらぺらとレフィは深いことを言う。彼女のそんな言葉を耳の端に捉えていたリュウは、ふと、あることを思い出す。それは、暴走状態にあったレフィのことを鎮圧した時のことだ。その中の、レフィが苦悶の表情を浮かべて頭を抱えていた一幕。
(……あれが、関係しているんだろうか)
リュウは言いようのない不安を感じながら、レフィ達の会話を遠目に聞き流していた。ハッキリとした根拠があるわけではないが、嫌な感覚は頭に刻まれると離れないものだ。ただ、今はそんなことを考えても仕方ないとリュウはかぶりを振って考えを変える。
「まあ、レフィの知り合いがいればそれが君の居場所になる。もちろん、安全についてはまたその時に考えなくちゃいけないけどね」
過去の知人がいた場合はその人物とその周囲こそがレフィの居るべき場所になるだろうとリュウは言う。ジンやレプト、カスミもそれに全く異存がないようで、それぞれ頷いて見せる。
ただ、レフィは彼の言葉に少し不服そうに頬を膨らませた。
「オレは、別に居場所に困ってるわけじゃねえよ。今のままで全然……」
「え?」
「……何でもねえ」
レフィの言葉の意図が掴めなかったらしいリュウは首を傾げるが、レフィはハッキリとは説明しないまま、そっぽを向いてしまう。
そんな風に、一行が他愛のないと言い切るには些か躊躇われる会話をしながらフェルセの街を歩いていた時だ。
「止まれ」
男の声が、後ろの方から一行を呼び止めた。




