違和感
ミズハから状況を聞き、現場に急行したリュウは事態の把握より先に眼前の危険を取り除くことに専念した。ジンが取り逃した魔物の一方が無防備な里の者に飛び掛かっていた、その前に立ちはだかったのだ。
リュウが動作を起こして、そこからは早かった。彼は腰に提げていた刀を鞘から抜かずにそのまま手に持ち、それでオオカミ型の魔物の下顎を横から殴りつける。その一撃によって意識が混濁したらしい魔物のよろめきに対し、次いで彼は魔物の首を思い切り掴み、真後ろにひっくり返すように倒した。元は魔物が前方へ体を躍動させていた力が、真反対となって返ってくる。魔物は一切の抵抗を許されず、そのまま背から地面に叩きつけられた。痛みのためか弱々しい声を上げるが、リュウはそれに構わず魔物の首に鞘をあてがい、身動きを取れなくする。
一連の動きが終わるまで、二秒もなかった。一つ壁を超えるとリュウは顔を上げ、もう一方の魔物へと目を向ける。
「ジン、君は別の……」
リュウがジンに指示を出そうとし、地面を蹴ろうとした時だ。彼の目線の向かう先では、既にレフィが問題を解決していた。彼女が里のエルフを背に、無防備な者達に襲い掛かろうとする魔物を火炎の壁で阻んでいたのだ。魔物と言えど火炎は恐れるらしく、眼前にごうごうと上がる熱に対し、進行できずにいた。
「レフィ……」
リュウは魔物から手を離さずにいながらも、目の前で文字通りレフィが他人を助けるために能力を使えていたことに対し、嬉しさからか声を漏らす。
だが、全てを楽観できるほど彼女の炎の防壁は完全ではなかった。レフィと魔物がしばらくその壁を挟んで膠着状態でいると、その状態にしびれを切らしたのか、魔物が踏ん張るように足を屈ませる。火の壁を飛び越えるつもりだ。
「っ、やべぇ……!」
目の前の魔物の意図に気付きながらも、レフィには何もできない。まだ反射で能力を扱えるほど、その力は彼女の体に馴染んでいなかった。隙が出来る。魔物は地面をその四足で蹴り上げ、宙に飛び上がった。
だが、その魔物の躍動を止めるようにその場に人影が現れる。
「させんっ!」
シュウだ。遅れてこの場にやってきたシュウは、今にもレフィや後ろにいる里の者達に襲い掛かろうとする魔物の腹に蹴りを食らわせる。その威力は人一人ほどの体格がある魔物を真横に吹っ飛ばすほどだった。横から強烈な一撃を受けた魔物は、高い悲鳴を上げて地面を転がる。
窮地を救われたレフィは、目の前の炎の壁を消し去ってシュウに礼を言う。
「ありがとう、助かった」
「いえ、礼ならこちらからしたいところです。私達が来るまで里の者を守ってくれてありがとうございます」
「大丈夫さ、当然のことだぜ。それより……」
レフィはシュウと礼を言い合ったところで、顔を持ち上げて周囲を見る。危険な状態の魔物は、リュウが抑えているものが一匹、シュウが蹴り飛ばして身動きを取れずにいるのが一匹、態勢を立て直したジン、そしてレプトとカスミがそれぞれ相手しているものが三匹だった。
「急場はしのげた、か。オレはこのまま後ろで……」
後衛としての役割に戻ろうと身を翻そうとしたレフィだったが、ある異常を目に留めて動きを止める。
「おかしい……なんか、最初の頃より動きが……」
レフィが気付いた異常は、魔物の動きの変化だった。始めの頃は息を荒げながら手近な人間に対して無差別に攻撃を仕掛けていたのに、今はそのペースが落ちてきている。
魔物とより近くで戦闘しているレプトとカスミもその異変に気付いたのか、自分達の攻撃の手も緩め、顔を見合わせる。
「妙だな。弱ってる?」
「ぶん殴ったから、ってわけじゃなさそうだけど。もしそうなら、一気に倒れてそうだし……」
「ともかく、気を抜くな。俺が言うのもなんだがな」
異変の原因が分からず、二人は身構えたまま魔物と向かい続ける。いち早く異変に気付いていたジンもその理由を未だ掴めず、そのまま対処を続けた。
そんな中、魔物を押さえつけたリュウは周囲の様子を聞き、自分の手の下にいる魔物の様子を改めて見てみる。すると、彼はすぐに様々なことに気付く。
(この魔物、本来こんなに気性の荒い生態じゃない。縄張りに侵入しなければ基本的には人に攻撃しないはずだ。なのに何故……しかも、この弱り方は……)
リュウが押さえつけている魔物は、息をどんどんと弱めていた。地面に叩きつけた後すぐは抵抗しようと身をよじっていたが、今はその力も湧かないのか、体をぐったりとさせている。そして何より、口の端からはあぶくを漏らしていた。先ほどジンが気付いたことに、リュウは改めて気を向ける。
(レプト達がこの魔物達とどのくらい戦っていたかは知らないけど、この弱り方は疲労じゃない。衰弱……病か何かによる衰弱だ。多分、彼らがこんなに気性を荒くしたのもその病……いや、こんな病は僕がこの森に生きてきた間に一度も見たことがない。となると……)
イレギュラーなことが重なって起こっているこの状態に、リュウは動揺を隠せずにいる。思考を走らせながらも答えを得られずに彼が焦っていると、別の何かに驚いたらしいレプトとカスミの動揺した声が彼の耳に入ってくる。
「なっ、なんだこいつら?」
「勝手に倒れた、わね……」
リュウが二人の声を聞いて顔を上げると、レプト達三人が相手していた三匹の魔物がよろめき、地面から糸か何かで引っ張られているかのようにバタリと倒れていた。三匹とも、リュウが取り押さえている魔物と同じような様子をしている。
「この魔物……病に侵されているのか?」
三匹が倒れたのを見てか、シュウが呟く。先ほどリュウが辿り着いた途中までの答えと同じだ。だが、リュウは父のその言葉を聞くと頭の中でそれを否定する。
(それは……違う。この魔物達は何か、もっと別のものに……ん?)
魔物達が身動きを止め、危険がなくなったことによって冷静になったリュウはもう一度魔物の様子を見る。その時、彼は魔物の首の辺りにあるものを見つける。それは、流血だ。首筋辺りの毛に、固まりかけた赤黒い血がこびりついているのだ。それを見つけたリュウは出血した箇所を探そうと、弱まった呼吸で上下する魔物の首筋を指でなぞる。
そして、それはいとも簡単に見つかった。
(これは……穴? 丸い何かを刺された……?)
魔物の首筋にはまるで太い針に突き刺されたかのような、円形の傷があった。毛にこびりついていた血はそこから流れていたようで、今も出血は止まっていない。
リュウは魔物の首にあるその傷を見て、あるものを思い浮かべた。
(この形の傷はどうしたらできる? 里のものにはこんな傷をつくれるようなものは……ということは外の何か……。あれ、か? 注射器?)
リュウはジンがレフィに打ち込んだ注射器を思い出す。そして、そこまで思い至った瞬間、彼は自分の中でこれしかないという答えに辿り着く。
「そういうことか……」
驚愕を声に出してしまうほど、その答えは彼にとって全く予想の範疇にないものだった。次いで、彼は腹の奥の怒りを抑えるかのように歯ぎしりする。
(奴は……こんなことを平気でするのか)
リュウの思い浮かべた奴とは、フューザーだった。リュウは彼の言った、必要なら何でもする、という言葉を思い出し、頭を抱える。
「何か分かったようだな」
「っ……父上」
息子の様子を見て何かしらを感じ取ったのか、シュウがリュウに歩み寄って問う。彼に合わせて、レプト達もリュウの元へと寄ってきた。最早、警戒すら必要ないほどに魔物は皆弱っていた。里の者達もリュウに目を向けている。
周囲から注目を集めてしまったことに気付くと、リュウは自分の至った考えを重い口調で話し始めた。




