異なる考え
「父上、入りますよ」
リュウは里長である父の部屋の襖を開き、中に入る。以前とは違い、声をかけてから父の返答を待つことなく入室した。その様子は、何かに薄くではあるが怒りを抱いているようにも見える。表情にそれは見えない。
部屋では、中央でシュウが胡坐をかいて座っていた。彼はリュウが入ってきたのを見ると、顔をしかめて迎える。
「リュウ、今日は何で屋敷を抜け出していた」
「少し用がありまして。それより、今重要なのは例の件でしょう」
リュウは父の前に正坐で座りながら、すぐに本題へ入る。
「今回も断ったのですか、立ち退きを」
リュウが言う例の件とは、レプト達にも話していた通り立ち退きの交渉についてだ。彼はそれを、呆れているような、憤っているかのような口調で話し始める。そんなリュウに対し、シュウは断固とした声色で返す。
「当然だ。この里はこの森と共にある。ここを去ることなどできん」
「どうせ、深く話し合うこともせずに追い返したのでしょう?」
「……否定はせん」
シュウはフューザーの話を全く聞かずに交渉を断じたことについて、全く後悔している風はなかった。彼の中では、この交渉を飲むなどあり得ないことなのだろう。
父のその様子を見たリュウは、目を細め、小さく歯ぎしりの音を立てる。そして、喉の奥から責めるような声を出し、父に向かった。
「交渉は行うべきです。もちろん彼らの要求を全て飲む必要はありません。ですが、このまま強硬な姿勢を続けていたら、あちらがどのような行動を取るか分からないのですよ」
「こちらが譲る態度を見せれば奴らはつけあがる。ある程度の所まで譲歩したところで、更なる要求を重ねられるはずだ。そこでもまたこのような問答を繰り返す羽目になる。そのまま譲り続けていたら、いつか里の者達に居場所はなくなる。一度明け渡してしまえば終わりだ」
リュウとシュウは言葉を交わしながら、自分達の意見が全く違うことを再確認する。シュウは外の人間達の要求を一切飲まない姿勢を貫き通す考えなのに対し、リュウは交渉に応じて譲歩をするべきだと主張する。それらは真逆と言っていいだろう。
ただ、互いに譲る気持ちがないことは同様らしい。二人は両者の考えを挫き、自分の意見を通そうと言葉を重ねる。
「彼らは里を出た後の生活の保障はすると言っているのです。応じ、安定を手にするべきです」
「私の代でこの里を奪われれば、近いうちに次の居場所もなくなる。奪われ、次も奪われ……いつしか私達に安住の場所はなくなっているだろう」
「手段を探すのです。奴らとの交渉の内の隙を突くか、あるいは次の居場所を守る手立て。何でもいいんです。このまま何もしないでいるよりは、ずっとマシなはずです」
「駄目だ。無論、里の皆の安全を考えての判断だが、何よりこの里の意志だ。皆が里の歴史やこの場所を守りたいと思っている」
「……」
シュウも、リュウも、譲る所がない。このまま可能性や互いの考えの利点を話すのでは、恐らく次の日になっても結論は出ないだろう。
平行線の話に嫌気が差したのか、リュウは深く息を吐き、こぼす。
「母上がいたら、私の考えなど一蹴されるでしょうね」
「……なんだと?」
「父上、今は亡き人に考えを縛られないでください」
リュウは、死んだ母親のことを口にした。シュウは鳩が豆鉄砲を食らったような驚いた顔で息子を見る。リュウはその父の視線に応えるように、言葉を続けた。
「里の歴史やこの森は、確かに私達にとって大切なものです。しかし、何よりも大事なのは我々自身です。危険が及ぶようであれば、何かを切り捨てることも必要です」
「それと、ユリがどう関係している?」
「安全よりも里の歴史やしきたりを重要視している所です。もちろん父上の考えも、里のことを考えているというのは分かります。ですが、本当に安全を考えるのなら、ここは一度姿勢を緩めることが一番なはずです」
「今の私の考えが、ユリに影響を受けていると?」
「そうです」
「ふざけるなッ!!」
リュウの挑発的な言葉にシュウは立ち上がって怒声を上げる。鬼のように燃える怒りを顔に浮かべ、息子に向かった。妻の死を取り上げて親を責める息子は、全く悪びれる様子はなく、言葉をそのまま続ける。
「ふざけてはいません。父上は明らかにあの時から変わりました。元は今ほど異郷の人間に敵意を向けていませんでした。それに、まるで考えを二つ持っているかのようにふるまっています」
「何を言っている。私は……」
「異郷の人間に敵意を向けながら、レプト達を里の皆に信用させようとした私のことを止めなかったのは何故ですか? 彼らを里に置くことも、強引に否定しきることはできたはずです。……父上の元の考えと、母上の考えが、混ざっているとしか思えません」
リュウはそこまで言うと、息を荒げているシュウに小さく頭を下げ、頼み込むように言う。
「純粋に、父上に判断してほしいのです。あの時のように、他の何かに曲げられることなく、あなたの判断をしてほしい。命を重く見るのは分かりますが、亡くなった人に縛られて今ある命の安全を脅かす選択はしないでいただきたいのです」
シュウはリュウの言葉を受けると、言葉を返さず、黙したまま顔をしかめる。否定しないのは、自分の中でも思う所があったのだろうか。リュウの方も、父の言葉を一言も発さずに待った。
そのまま、物音を立てる事すら憚られるような重い沈黙がしばらく過ぎる。二人は口を固く閉ざしたまま、目も合わせずにいた。
そんな時だ。部屋の外の廊下から慌ただしい足音が近づいてくる。突然やってきた異変に親子が顔を上げるのと同時に、入り口の襖が勢いよく開かれる。振り向いて見てみれば、焦燥を顔に浮かべたミズハがそこに立っていた。彼女は里長とその息子を目に入れると、一息に言い切る。
「里長、それに若様。大変です、里に魔物が……!」




