安泰の場所
「オレを、ジン達の旅に……?」
ジンの、レフィを自分達の旅に連れて行くという発言を聞き、彼女は目をパチパチとしばたかせた。寝耳に水、という言葉が合う表情だ。そして、そんな顔をしているのは彼女一人ではなく、レプトもカスミも同様に驚きを顔に露わにしていた。二人は全く知らされてなかった話を急に出され、それぞれジンに問う。
「聞いてないぜ、そんなこと。いつ決めたんだ?」
「今朝だ」
「今朝? じゃあ、リュウと一緒にどっか行ってた時に決めたの?」
「そうだ。奴に頼まれてな」
ジンは二人の問いに詰まることなく答える。彼はリュウと共に軍人の男を埋葬していた際、このことを決めていたのだと言う。つい先ほどのことだ。
リュウに頼まれて決めたこのことについて、ジンは驚きで言葉も発せずにいるレフィに説明する。
「リュウは既に、レフィがこの場所にいられなくなるのではないかと考えていた。だからと言って、追われる身ならば別の場所に定住するのも危うい。そこで、奴が俺に頼んできた。俺達の旅にお前を連れていってほしいとな」
リュウは初めにレフィを取り押さえようとした時、既にあの死人が軍人であることに気付き、レフィがここに長くいては危ういと考えていたようだ。
リュウの意図の説明を終えると、ジンは最後に彼の頼みへの返答をレフィに話す。
「まあ俺達も余裕しゃくしゃくという訳ではないが、受けることにした。近いうちに補給ができる目途もあるしな。もしお前が嫌でなければ、俺達と来い」
ジンは最後にレフィの承諾を確認しようと彼女に問う。問われたレフィは、目を泳がせ、口をもごもごとさせる。彼女にとっては自分に危険が迫っていることが知らされ、安心できる場所を離れなくてはいけなくなった直後のことだ。頭に整理をつけるのも時間がかかるだろう。
惑いが解け始めると、彼女はまず初めに申し訳なさを表情に浮かべる。
「い、いいのか。オレみたいな奴が、ちょっとはマシになったかもしれないけど……それでもまだ全然だ。そんなオレが、ついていってもいいのか? それに、オレは追われてるんだぞ? 多分、相手は……手段を選ぶような奴らじゃない。だから、レプト達にも危険かもしれないし……」
レフィは未だに、自身が犯してしまったことや、自分の力に関して不安を抱いているらしい。加えて、彼女を連れることは彼女を追う人間もついてくるという事だ。危険も伴うだろう。それらを口にして、ジンやレプト達の顔を見上げる。
彼女の言葉を受けた三人は、少し間を置いた後、顔を見合わせて笑う。どうってこともないと言うように。
「別に、危険なのは今までもそうだったからな」
「そうね。追ってくる相手がちょっと増えるだけでしょ? そのくらい平気よ」
レプトとカスミは、レフィに自分達は全く問題ないと伝える。今更自分達を追う相手が少し増えてもあまり変わらないという事だろう。
事情を知らないレフィは首を傾げるが、そんな彼女にジンが適当な言葉をかける。
「まあ、俺達も安全な旅をしていたわけじゃないということだ。お前が背負ってくる危険なんて、どうってこともない。事情はついてくると決めた後にゆっくり話すが、ともかく、そこのところを気にする必要はないぞ」
ジンは当面事情を話すことはないが、レフィが背負う危険を共に抱えることは全く問題ないことだと伝える。その言葉を受けたレフィは、一瞬だけ目を輝かせ、それを隠すように顔を下にする。そして、抑えようとしているのか、歪んだ笑みを小さく口元に浮かべた。
「オレは、本当にツイてるんだな」
呟くように震えた声で彼女は言う。
「あそこにいた時は、自分が本当に不幸だと思ってた。この世で一番なんじゃねえかってくらいに。だけど、んなことなかった。こうやって助けてくれる人達に会えて、何から何まで本当に……」
レフィは額の辺りを手で押さえ、大きく揺れた息を吐く。そうして、三人を見上げた。目には涙をたたえている。情けないような、儚いような顔で彼女は言った。
「いいかな……ついていって。いや、頼む。オレを旅に連れて行ってくれ!」
ブンと、レフィは三人に向けて頭を下に振る。その様子を見たジンは、チラリとレプトとカスミを見る。二人は全く迷う様子なく、黙ったまま頷いた。それを見届けると、ジンはレフィを安心させるような口調で言った。
「ああ、問題ないとも」
ジンの言葉を受けると、レフィは顔を持ち上げ、安心したように口元を緩ませて笑った。そんな彼女の様子を見て、三人の方も絆されたのか、お互いの顔を見て笑う。そうしながら、カスミは自分が二人の旅についていくと言った時のことを思い出して苦笑いした。
「なんか、これじゃ私がクッソ厚かましい奴みたいじゃない? こんな誠実に頼み込むことしなかったわよ?」
「え、そうだったっけ?」
「そうよ。レフィに比べたら全然ね」
レプトの言葉を受けながら、カスミは頭を掻いて過去の自分に呆れた風なため息を着く。そんな彼女を尻目に、ジンはその場にいる全員に呼び掛ける。
「そうと決まれば、明日の早朝にはこの里を出ていくぞ。既に目立っているが、少しでも人の目を避けたい。それと、次に向かう先はもう決まっている」
ジンは次の予定を一行に話す。彼の言葉に何かを思い出したのか、カスミは確認するように彼に問う。
「えっと、ジンの昔の知り合いに会いに行くのよね。車を借りに」
「うっ……そう、だったな。ああ、嫌なことを思い出した。……クソ、時間を止めることができるなら、今ほど最適な事態などないのに」
カスミの言葉にジンは頭を抱える。数日前、彼は自分で昔の知り合いに会うという予定を立てていた。その際、その知り合いには数年前に最悪な別れ方をした、とも言っていた。そのことを思い出し、嫌なことが眼前に迫ったような感情が湧いてきたのだろう。
そんな彼の様子を見たレフィは怪訝そうにすぐ近くのレプトに聞く。
「スゲェ嫌がってる感じだけど、何かあったのか?」
「ああ……。これから、ジンの元妻に会いに行くんだ」
「えっ! でも、元ってことは……」
「ああ、別れたんだ。しかしその別れ方が最悪でよ。ジンが不倫してた相手と、元妻と別れてその後で結婚する算段をしてた現場を見つかって、そのまま別れたって感じらしい」
「おい」
レプトは数日前に冗談で話したことを、いかにも事実であるかのようにレフィに話す。それを耳に止めたジンはレプトの頭を押さえ、無理矢理黙らせる。ただ、彼の行動は一足遅く、レフィの耳には完全にレプトの冗談が入ってしまっていた。
「ジン、そんな奴だったのか……」
「おい、お前も本気にするな。分かるだろ」
「そいつと会うときはフォロー入れるぜ。昔は知らねえけど、今はいい奴だって」
「おい……おい」
レプトの冗談を本気で受け取ったかのような反応をするレフィに、ジンは力なく声をかける。その様子は、先ほどまで旅について話していた時の頼もしさはない。情けない中年男性、という感じだ。そんな様子のジンを一目見たレフィは、ククッと喉の奥で笑う。
「安心しろよ、冗談さ。信じてねえって」
「ぐっ……ガキどもが」
ジンは自分をからかって笑っているレプトとレフィを睨み、唸る。そんな彼に構わず、二人、それにやり取りを傍から見ていたカスミも笑った。既にレフィはこの一行に充分馴染んでいるようだった。初めに会った時からは想像もつかない変化だ。ともかく、彼女のこれからは暗くない。困難は尽きないだろうが、それでも常に顔を曇らせることなどはないだろう。
そうして、四人が必要な話を終え、他愛のないやり取りをしていた時だ。
「キャーッ!! 魔物、魔物が出たわ!」
外から悲鳴が聞こえてくる。耳を突くその声を聞いた一行は、お互いに顔を見合わせ、腰を上げる。ジンとレプトは部屋の壁に立てかけていた剣を手に取り、カスミとレフィは自分達の能力がしかと動作するかを確認した。
全員の準備が整ったと判断すると、ジンは部屋の出口に立ち、三人を振り返った。
「行くぞ」




