これから行く先
フューザーが用を済ませ、軍人達を引き連れて里を後にすると、レプト達五人は一つの部屋に集まる。彼らはしばらくぶりに集合すると、ひとまず何事も危険が無かったことを確認し合った。誰一人として怪我を負っていないことを確認すると、一行は安堵に胸をなでおろしながら、唐突に起こった異常な事態について整理を始めた。
まず初めに、ジンがフューザーとは何者かについて話した。
「奴は、あのフューザーという男はエボルブを率いる者だ。軍にいた時、何度か顔を合わせたことがあるから間違いない」
「あいつが?」
「……なんでこんなとこに来たのかしら」
ジンの言葉に驚きを露わにしたのはレプトとカスミだ。カスミは少し前にジンからエボルブについての話を聞いていたし、レプトは元からよく知っていたため、その研究機関の頭目がこのような所に来ていたのが意外だったのだろう。
驚きと動揺を隠せずにいる三人とは反対に、詳しい事情を知らないリュウとレフィは首を傾げる。
「エボルブっていうのは……一体何だい?」
「記憶がねえからか知らねえけど、全然聞き覚えねえな」
エボルブについての知識がない二人は事態を把握し損ねる。そんな彼らに、レプトは大雑把な説明をする。
「レフィにしてたような実験や研究をやってる奴らだ。んで、今回は何でか、ここにそのトップが来てたらしい。国に影響を与えるような連中の頭が、何故かこの里に来てたんだ」
レプトの説明を受けると、ようやく事態の異常性に実感が湧いてきたのか、二人は顔を見合わせる。
そんな二人を落ち着けるように、ジンがレプトの説明に付け足した。
「奴と話したことがあるから、大まかではあるがどういう人間かは分かる。無感情、と表現するしかないような男だ。何をするにも、話すにも、意志を感じない。ただ、研究の腕が凄絶で、それだけで今の地位にいる。研究に関しては何か目的があるのか分からないが、自分のものかどうかに関わらず、部下のものにまで協力する」
ジンは自分が軍にいた頃のフューザーの記憶について話した。ジンの説明を受けたリュウは、先ほどのフューザーとの会話を思い返す。t
「確かに、部下の研究について僕に聞いてきた。レフィがどこにいるか、ってこと」
「ああ……探してたな、オレのこと」
「話しぶりから、その部下っていうのがレフィに酷いことをしていたのは知ってたみたいだ。だから、無感情っていうのは……あらゆることに対してそうなんだろうね。話した感じ、他人の生き死ににも全く興味がないみたいだった」
フューザーの、必要以上は何もしないが必要なら何でもする、という言葉をリュウは思い出す。自分とはあまりに違う考えを持つ人間の存在を思い返し、リュウは眉を寄せた。
ただ、そこまでの話を聞いていたカスミが「ともかく」と言って一度まとめに入る。
「見つかんなかったからいいんじゃない? 誰が来てもレプトとレフィは見つかったらまずいわけだし。結局、誰が来ようと同じでしょ。結局そいつは普段来るっていうヤツの代わりで来たってだけなんだし」
カスミは極論見つからなかったのだから問題はないだろうと言う。楽観的な言葉に思えるが確かにその通りだ。
ただ、リュウはそのカスミの言葉に少しの異議を立てる。
「確かにあの人が何者かっていうのは重要じゃないかもしれないね。だけど、それだけで片付けることもできないかな」
「っていうと、何かまずいことでもあるわけ?」
「レフィがこの辺りにいることはもうバレてるってことさ。楽観的には考えられない」
リュウはレフィの方に目線を向けながら説明する。
「さっき、僕があのフューザーって人と話した内容のことは言ったよね。レフィのことを探してたって」
「ああ、オレも部屋で聞いてたぜ。でも、それの何がまずいんだ? 見つからなかったし、いいんじゃねえか?」
「いや……君のことについてこの場所で聞くってことは、少なくとも、この辺りにいるってことは把握済みってことだよ。まあ、あの建物があんな状態になっていたから、何かしら連絡が行ってたんだろう。ともかく言えるのは……」
前提を話し、リュウは話をまとめる。
「レフィ、君はこの里に長くはいられない。君を探す人間が、大体この辺りにいるだろうと知っているんだからね。本格的に捜索が始まりでもしたら、里の中にいてもさっきみたいには誤魔化し切れない。つまるところ君は、すぐにでも里を出た方がいいってことだ」
リュウは、レフィがこの里に長居することができない理由を最後まで話し切る。これはあのフューザーという男が来る以前から分かっていたことだ。今朝にジンとリュウが埋葬した軍人の存在が、レフィを追う者達の存在を示していた。
「ここを、出ないといけねえのか……」
そこまでの説明を受けると、レフィは目線を落として深く息を吐く。彼女にとって、このエルフの里はあの建物を抜け出した後に初めて見つけた居場所のような所だ。そこから去らなくてはならないというこの状況は、当然、彼女にとって辛い選択だ。
彼女の様子を目に留めたリュウは、一つ息を吐き、部屋の出口へ向かう。
「じゃ、僕は父上の所に行ってくるよ。立ち退きの交渉に関して話したいことがあるからね」
「え……っておい、待てよ!」
淡泊に告げて部屋を後にしようとするリュウの背にレプトが制止の言葉をかける。リュウが振り返ると、レプトは自分が切羽詰まった状況というわけでもないのに少し焦ったような口調で続けた。
「レフィを、これからどうする? 記憶がねえんだ、居場所もない。これからこいつはどうすれば……」
「そこのところは、もう考えてあるよ」
「え?」
レプトの言葉に、全く平常通りの声でリュウは返した。レフィの行先について、既に考えがあるのだと言う。その言葉を聞いたレプト、カスミ、そしてレフィは呆けた顔を浮かべてリュウを見る。三人からの視線を受けたリュウは、彼らの疑問に答えることはせず部屋を出ようと襖の取っ手に手をかけた。
「あとはジンに聞いておいて。さっきも言ったように、僕は父上と話があるから」
そう言い残すと、リュウはさっさと襖を開き、廊下に出ていってしまう。三人が声をかけて止める間もなかった。
「行っちゃったわね……。何でこう、リュウって説明が少ないのかしら」
カスミは先日に彼の頼みを受けた時のことを思い返しながら、リュウに軽い文句を言う。確かに、彼はいつも重要なことでも説明を疎かにしがちだ。ただ、そんな彼女の発言にジンが脇から言葉を挟む。
「確かに否定はしないが、今回は奴なりの照れ隠しのようなものかもしれんな」
「……ん? って言うと?」
「そういや、ジンに聞けってあいつが言ってたよな。何かあるのか?」
ジンの思わせぶりな態度に、カスミとレプトは眉を寄せる。そんな二人の疑問をよそ眼に、ジンはレフィの方へ向き直る。彼女もまた、怪訝そうにジンのことを見ていた。
「なんか、二人で話してたのか?」
「ああ。あいつから頼まれたことだ」
ジンはリュウに頼まれたということを、もったいぶらずに一言で言い切る。
「レフィ、お前を俺達の旅に連れていく」




