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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
旅の始まり
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レプトという少年

 レプトの顔は人のものではなかった。彼の左目は爬虫類のそれのように瞳孔が細く縦に長い。本来ならば白い色をしている強膜の部分は薄くオレンジがかかった黄色をしている。加えて、異端な左目の周囲の肌も常人とはかけ離れた形状をしていた。まるで御伽噺に出てくる竜の鱗のように、緑の艶がある凸凹がレプトの顔の一部分を覆っている。最早、実際に鱗と言って差し支えないだろうというほど、それは人のものとかけ離れていた。その鱗はレプトの左目の周囲から首の方を覆っており、それより先は服に覆われていて見えない。

 そして何より妙なのは、その爬虫類のような状態が顔の全体には蔓延していないことだろう。右目は本来の人体と同じの白い強膜に青の瞳をしており、周りの肌も薄橙色の柔肌が包んでいる。口と鼻も同じように、普通の人間と変わりない状態だ。つまり、レプトの顔は人体の部分と人外の部分の二種類で構成されている。

 レプトは色だけではなく何もかもが違うその双眸を見開いて、少女の方を見ていた。自分が絶対に隠したかったことが無理矢理に晒されて、その事態を未だ受け入れることができていないようにも見える。

 少女はレプトのその様子を見て、すぐに自分がとんでもないことをしでかしてしまったと気付く。これはただ見た目にコンプレックスを抱いている人間の隠したい部分を晒すというだけのことではない。少女はレプトのような特異な姿をした人間に、心当たりがあった。


(亜人……それも、ただの亜人じゃない。“アグリ”……)


 アグリとは、醜悪な見た目をした亜人のことを示す言葉だ。彼らはその見た目が原因で、周囲から酷い差別と迫害を受ける。レプトがそれに属するだろうと少女は一目で感じ取った。そして、それを強引に晒した自分は、他人の権利や尊厳を踏みにじったも同然だと感じる。

 動揺しながらも、彼女は咄嗟に謝った。


「ご、ごめ……ん」


 目をぎこちなく床に向けながら少女は謝罪する。だが、それに構わずレプトはすぐにフードを深くかぶり直し、顔が見えないよう少女に背を向けて二、三歩ほど距離を取った。少女は彼の後ろ姿に声をかけようとするが、何も言えない。


「お前、なんてことを……!」


 レプトと少女が黙っていると、傍から見ていたジンが少女に詰め寄る。彼の声は床を這う冷たい煙のように低く、怒りを孕んだものだった。フードを被ったままで表情をうかがうことはできないが、体の横で握り締められている拳が彼の感情を物語っている。

 少女はそんなジンの様子に気圧され、身を縮める。彼女には返す言葉も反対の意も全くない。だが、ジンはそれに構わず少女に怒りで震える目線を向け続けた。


「自分が何をしたのか、分かっているのか……」


 ジンは手を出そうとはしていない。だが、彼の少女を強く責める意志は、ただ殴るよりも強いように感じられた。

 しかし、再びジンが口を開こうとしたその時だ。


「そんなに言わなくてもいいだろ、ジン」


 フードをかぶり直して少し離れていたレプトが、ジンに軽い調子で声をかける。口にしたのは制止の言葉だ。

 だが、ジンの方はレプトに対して反対の意を示そうとする。


「お前の事なんだぞ。お前が……」

「いいんだよ、別にこんなことくらい。命に関わることでもあるまいし。減るものでもないしさ」

「だが……」

「本人がいいって言ってんだから、あんましつこくするもんじゃねえぜ?」


 ジンの言葉を悉く遮って、レプトは軽い調子で話す。ジンはレプトのその行動を受け、腕を組んで黙り込む。そんなジンを見て、レプトは「頭固ぇなぁ」と呟いた後、少女の方を見て口を開いた。


「じゃあ、お前。えっと、名前なんていうんだ?」


 わざとらしく馬鹿っぽい声でレプトは問う。対する少女は、掠れるような弱い声で応える。先のような覇気はそこに残っていない。


「……カスミよ」

「よし、カスミ。もう俺達に疑いは持ってないよな」

「え、あ、ああ……」


 カスミと名乗った少女は、レプトの言葉に調子を崩されたような声を上げる。ただ、レプトはそんな彼女の様子に構わず、冗談交じりに言葉を続ける。


「これで信用してもらえたってわけだ。ってか、そうじゃない。お前さっき、俺のことを思いっきり殴りやがったよな? あのツケはいつか払ってもらうぜ。それと、俺達を人攫い扱いしやがったこともな。ん~……何で返してもらうかな」


 わざとらしい声でレプトはそのまま話す。こんな話をわざわざこのタイミングでする意図は明白だ。

 それを感じ取ったカスミは、胸の奥を針で刺されるような感覚がして顔をしかめる。そんな彼女は、このままためらっていては時期を逃してしまうと考えたのだろう。レプトが全く途切れさせずに話を続けているのに構わず、声を上げた。


「レプト……でいいわよね」


 名前を呼んで、レプトの方を向く。そして、真っ直ぐ目を逸らさずに彼を直視する。レプトの方もカスミが何をするのか察しがついたのだろう。忙しく動かしていた口を閉じ、彼女に向かい合う。

 それを受けてカスミは、ぎこちない謝罪の口上を口にし始める。


「レプト。さっき、私がアンタにやったことは……すごい自分勝手で、あと、アンタ達を疑ったこともそう。あれから始まって、それと、殴ったことも……」


 三つの物事の間を行ったり来たりして、調子悪くカスミの謝罪は進んでいく。

 だが、そんな時だ。


「ここで間違いないんだな?」


 三人のいる建物の外から野太い男の声が飛び込み、カスミの言葉を遮った。


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