空の男
「この辺りで、炎を扱う能力を持った少女を見ませんでしたか?」
障子の奥で話を聞いていたレプトとレフィ、そしてフューザーと対面して言葉を聞いていたリュウの三人は皆同様に身を固める。それは、フューザーの探していると言う少女の特徴が、レフィのこととしか思えないものであったからだ。彼らは強い緊張を持ってフューザーの様子をうかがう。この男は、確実にレフィが被害者となっていた研究に関係する人物だ。警戒しない訳はない。
その男、フューザーは黙ったままのリュウの代わりに沈黙を塞ぐように口を開く。
「見てくれの通り、私は研究者でして……その少女は研究の一環において必要な人物なのです。まあ、私の研究ではなく、別の……部下の研究に関することなのですがね。何か知っていませんか?」
他人の研究だがその少女が必要だとフューザーは言い、リュウにその所在を知っているかと問う。聞かれると、リュウは腹の奥に持った緊張を出来るだけ表に出さないようにしながら、平静を保って言う。
「それらしい噂は小耳に挟みました」
「ほう、どのような内容でしたか?」
「この森の東端の辺りで不自然な発火現象があったと。実際目にしてはいませんからよく分かりませんが、森に火事などそうそう起きるものではありません。その少女が関わっているのでは?」
「……なるほど。情報提供、ありがとうございます」
リュウは、全く表情を崩さずに嘘を言った。フューザーの言っている少女は間違いなくレフィだろう。リュウはそれを分かっていながら、事実とは全く異なる虚実を口にした。レフィを守るために。
リュウの言葉を受けたフューザーは、これもまた無機質な言葉で返事を返す。嘘が看破されている風はない。そのまま、彼は「では」と口にしてリュウの横を通り過ぎようとする。
「待ってください」
フューザーが足を動かし始めたのをリュウが制止する。続けて彼は問う。
「先ほどあなたの研究ではないと言っていましたが、具体的に、その部下の方はどんな研究を?」
「はあ、一体何故そんなことを聞くのです?」
「単純な興味です。田舎に住んでいると、そんなことを知ることもないので」
「ふむ」
リュウの言葉に、フューザーは少しだけ悩む風を見せる。数秒黙ると結論が出たのか、彼はするすると話し始める。
「大雑把に言えば……特殊な能力を人間に付与する研究をしています。成功には至っていませんがね」
「……では、その過程で人を傷つけたり、死なせたりすることはありますか?」
リュウは、腹に隠しきれない薄い怒気を感じさせるような低い口調でフューザーに問う。その問いを口にする彼は、レフィのことを頭に浮かべていた。暴走状態の時のレフィや、自分が殺めてしまった人への罪悪感で苦しむレフィ、自分が他人を傷つける可能性について苦悩するレフィの姿を彼は見てきた。それを想像しながら、彼はフューザーに問う。
「あるでしょうね」
フューザーは、あまりにあっさりと答えた。その言葉を受けたリュウは、何かを理解できないのか、別の答えを期待するように質問を重ねる。
「気にはならないのですか」
「なりませんね」
「命が、失われても?」
「ええ」
フューザーの淡々とした答えに、リュウは目を細め、睨むように眼前の男を見た。まるで、異形でも見るかのような表情だ。そのまま彼は問いを続ける。
「それは部下の研究だそうですが、あなた自身はどういう研究をなさるのです?」
「超遺物復元学の研究です」
「では、あなたの研究でさっき聞いたようなことは起こるのですか?」
「問う意味が分かりませんが……命を無駄にしないようにはしていますよ。重要な資源ですからね」
フューザーは、自分の研究では死人が出ないようにしていると答える。その言葉を聞いたリュウは、ほんの少しだけ、表情にこもっていた力を抜きかけた。
だが、その直前にフューザーが付け加える。
「ただ、必要ならば死なせることもあります」
「……それは一体……?」
「もちろん、必要ならば、です。出来る限りそんなことはしません。ただ、そうですね。私は、必要以上は何もしませんが、必要ならば何でもします。必要なことに他人の死があった場合は、それに応じることになるでしょうね」
フューザーは全く言葉を詰まらせることなくそう言った。他人の死が必要な場合は、それを行うこともあると。リュウはそれを聞くと、信じられないような表情で眼前の彼を見た。ただ、驚愕したように目を見開いていたのは一瞬で、彼はすぐに感情を抑えていく。
「なるほど、必要な場合ですか……」
(正直、分からないな。これだけで判断っていうのも……)
はじめこそ驚きはしたが、リュウは隠すわけでもなく表情を落ち着けていく。それは、目の前の男が言う必要な場合というのが彼では想像がつかないからだろう。全く持って立場が違う上に事情を知らないため、フューザーに対してどのような感情を抱けばいいのかが分からないのだ。
「それでは、私からも一つ、聞いてもいいでしょうか?」
リュウが思考に脳のリソースを割いて口を開かずにいると、フューザーの方から声をかけてくる。リュウが「何でしょう」と言って応じると、フューザーは青い瞳を細めて問いを口にする。
「ここへ来るにあたり、少しこの里について調べたのですが……エルフ、特にこの里で過ごしている者は面白い特徴を持っていると聞きます」
「はあ、一体何のことでしょう」
「全員が、同一の能力を持つシンギュラーだということです。それも非常に特殊な能力なのだとか」
問いを受けると、リュウは驚いた表情をする。先ほどの驚愕とは違い、単純なものだ。
「そのことはどこでどう知ったのですか?」
「歴史書ですよ。もちろん、私が言ったことがそのまま書かれていたわけではありませんが、文献の内容からそう考えたのです。過去、この里に手を伸ばそうとした侵略者が、一様に同じ能力を持つエルフ達に阻まれたのだとか」
「なるほど。歴史書からですか」
リュウの相槌を受け、その後にフューザーは本題について問う。
「どんな能力を持っているのですか?」
「……一応、しきたりでは外の者に話してはならないと決まっているのですが……」
フューザーの問いに、リュウは前置きを口にした後、問いに答える代わりに軽い要求をする。
「話しましょう。ですが、頼みがあります」
「と言いますと?」
「この里の立ち退きの条件に関して、口利きをしてほしいのです。本来ここに来ていた彼らに」
「……いいでしょう。特に私にデメリットがあるわけでもありませんから」
少しの思考を挟んだ後、フューザーは自らの問いの答えを得ることが優先だと考え、リュウの要求を承諾する。返事を受けたリュウは、自分が先ほど話したしきたりなどほとんど気にしない様子で抵抗なく話し始める。
「私達の持つ能力は、命吸というものです」
「めいきゅう?」
「さきほどあなたが言った通り、里の者全員が扱えます。しかし、使おうとする者はいません。理由は能力の内容と、こちらもまた、しきたりが関係しています」
リュウは言葉を途切らせることなく続ける。
「命吸は、その名の通り命を吸い取る能力です。他者の命を吸い、自分の力にするという能力。人からだけではなく、私達エルフ同士、動物や植物からも力を得ることができます」
「他の生き物全般の命を力に変換する、というわけですね」
「はい。ですが、この力には致命的な欠点があります。それは、加減がきかないということです」
「命を吸う、ですから……名の通り、命を奪うまでその力を吸ってしまうという事でしょうか?」
「ええ、まさにその通りです。他者の命を奪う能力を進んで使おうとする者なんていないでしょう。そして何より、この里には木の葉一枚の命も無駄に奪ってはならないという教えがあります。本当に必要な時でもなければ、私達はこの力を使うことはありません。私も同様です。この力を使う者は、少なくとも私が生まれた時点では一人もいませんでした。ですから、どのくらいの力が生まれるのかは分かりません」
リュウは里のエルフ達が持つという能力、命吸についての説明を終える。彼の説明を最後まで聞くと、フューザーは欠伸をしながら感情のこもっていない感謝の言葉を口にする。
「……ふわぁ。その話を聞くに、どの程度かを実際に見ることはできませんね。命を吸い、力に……確かに特異だ。分かりました。お話しいただきありがとうございます」
「いえ、話して減るものではありませんから。それより……」
「口利き、ですね。こちらで済ませておきましょう」
確認するようなリュウの口ぶりに、フューザーは言葉を覆わせるように応えた。ただ、口調には敵意などの感情は感じられない。リュウの頼みを断るつもりはないようだ。
「……では、私はこれで。別に用もありますので」
自分の興味を解消したフューザーは、話の最中にもずっとそうだった無表情のまま、リュウの横を通り過ぎていく。儀礼的にリュウはすぐ横を通る彼に頭を下げた。そうしながら、目の端でフューザーの背を見る。
(一体、彼はどういう人間なのだろう……必要ならと言っていたが、その程度も分からない。今の話だけでは判断しきれない、か)
彼との話の内容を思い返しながら、どんな人物だったのかと考える。その答えを少しでも求めるようにリュウが見たフューザーの背は、あまりに淡々と一定の速度で離れていき、いつしか見えなくなった。




