来訪
ジンとリュウが数日前に死んでしまった男を埋葬していた時だ。レプトとレフィは里の道を適当に歩いて散歩していた。二人が歩いていると、昨日のことに関して感謝を述べてくるエルフが何人かいた。二人はそれに言葉を返しながら、里をぐるりと一通り回り、里長の屋敷にまで戻ってくる。
しばらく歩いた足を休めようと、二人は屋敷への階段状の石畳に腰かけていた。レプトは人目をはばからずに口を大きく開けて欠伸をする。
「ふわぁ……暇だ」
「そうだな」
「なんつーか、ここのところ特に色々あったが、暇じゃないってのはそれだけで尊いのかもなぁ」
レフィの持っていた自分の能力に対する恐怖や不安はリュウと彼女自身の努力で拭われ、里の者の印象も大きく問題を残すほどではなくなった。現在、一行には特段これと言った目的が無かったのだ。もちろん、レプト達の立場上長い間一か所に留まることはできないため、里を少ししたら出ることにはなる。だが、それ以外には特に何もない。
暇だとぼやくレプトに、レフィはそれを出来る限り潰そうとでもしたのか、彼に積極的に話しかける。
「じゃあレプトって、普段は何してんだ? 確か、カスミとジンの二人と旅をしてるって聞いたんだけどよ」
「その通りだな」
「旅の目的とか、理由とかってあるのか? ……何て言うか、助けてもらったのに何も知らなかったから気になって。どんなとこで生まれて、どんな風に過ごしてたんだ?」
レフィはレプト達のしている旅や、彼自身について問う。暇を潰すことが当初の目的だったが、いつしか彼女は自分の興味に従ってレプトに質問を投げていた。
その質問に対し、レプトはどう返していいか迷う。ただ、少しの思考を挟むとその迷いはすぐに晴れた。
「実は……お前と結構似てんだぜ、俺のルーツは」
「え、オレと似てる?」
「おう。訳も分からねえまま実験体にされて、いつの間にか自分がどこで生まれたかも忘れちまった。運よく、抜け出せてここにいる。考えてみりゃ、まんまだな」
「……それ、本当なのか?」
レフィはレプトの言葉に首を傾げる。自分のような境遇の者が、そうあちらこちらにいるだろうかという怪訝だろう。
レフィの疑念に、レプトは全く迷わず頷いて答えた。そして、軽く笑いながら付け足して言う。
「まあでも、俺の方が気は楽だったかもな。何せ、母さんがいたからよ。実験体にされている時に一緒にいてくれたし、励ましてくれた。逃げ出す時にしくじって俺しか逃げられなかったから今はいねえが……母さんは今でも俺の支えだ」
「その母さんは、今は……?」
「……俺達が抜け出す前みたいな生活、だと思う。逃げられてないからな。今は、母さんを助けることが目的だ。どうにかして手段を探す」
レプトの話を聞いたレフィは、彼の生い立ちについて考えを馳せる。自分と似たような環境に居ながら、頼る相手がおり、しかしその相手はいなくなってしまった。それを助けようともがく現状。自分とは似ているようで違うその境遇に、レフィは深く思案せずにはいられなかった。
(オレにも、あそこに行く前の記憶があったら……頼れる相手がいたのかな)
記憶の空白に、どんなものがあったのかをレフィは想像した。親がいたのか、友人がいたのか。自分を大切だと思い、自分が大切だと思う相手がいたのか。
そんな考えを彼女がしていると、隣のレプトは思い出したように声を上げる。
「そういや、生い立ち意外にも俺達には似てるとこがあるな」
「ん……なんだよ」
「ツイてる、ってことさ。お互い、助けてくれる相手がいるだろ? 俺にはジンが、お前にはリュウがいる」
レプトは口元に笑みを浮かべて続ける。
「俺はジンに助けられた。あいつがいなけりゃ、今俺はここにいなかった。お前にしてみても、そうだろ? リュウがいなきゃ今ここにいなかったし、絶対今とは違う感じだったはずさ」
「……そうだな。レプトがジンにどういう風に助けてもらったかは知らねえけど、ともかく、オレはリュウに助けられっぱなしだ」
レフィは自分のここ数日の間にあったことを思い返し、どれだけリュウに助けてもらったかを思い返す。見返してみれば、初めに暴走状態であったのを助けてもらっただけではない。彼女の心の中の問題を解決しようと、リュウはずっと奮闘していた。
レフィは彼のことを思い返すと、ある感情を覚えながら、それを口にする。
「どうにかして、返してえな。世話になってばかりだから……レプト達に対してもそうだぜ」
「俺らにもか? 二人は知らねえが少なくとも俺は別に大したことしてないと思うけどな」
「んなことねえよ。助けられてる」
レフィは自分を助けてくれた相手に恩を返したいと言う。その言葉を受けたレプトは、心底嬉しそうに口角を上げた。
「俺もジンにそんなことを思うことがあるが……逆に思われてるとなると、嬉しいもんだな。まあ、俺らは似た者同士だ。助け合っていこうぜ」
「……ああ。そうだな」
レプトの言葉に、レフィは静かに頷いて返した。似た境遇を持つ者同士、通じることも多いだろう。だからこそ、助け合っていこうというレプトの言葉を拒絶する理由はレフィに一切なかった。
そうやって、二人が自分達のことについて話している時だ。話にひと段落がついて二人が少し黙っていると、里の中央の方から人の声が聞こえてきた。
「……ん」
誰かが声をかけてきた、というわけではない。十数人ほどの話し声、ガヤガヤという複数の人の声が混ざったような聞こえ方だ。どうも、何かについて里のエルフ達が声を上げているらしい。小さい騒ぎとも取れるような声色だ。レプトはいち早くそれに気が付くと、何かが起きたのだろうと考え、階段から腰を上げて声が聞こえてくる方へ向かい、その様子を遠目に見た。
レプトの考えた通り、里の中央には通常では見受けられないことが起きていた。何か事態が発生していたと言うより、この里においては見慣れない者達がいたのだ。
黒い、一様の制服を身に纏う十数人の男達が里の道を歩いていた。先頭には裾の長い白衣を身に纏った人間がいる。彼らを遠目に見ながら、里のエルフ達は何かを話し合っていた。その異質な者達についてだろう。
「あいつら、は……」
「ん、どうしたレプト?」
レプトはその者達を目に留めると、口を半開きにしたまま額に冷や汗を浮かべた。驚愕を全く隠せずにいる。隠す気すら起きないほど、眼前のことに動揺しているらしい。その彼の様子を目に入れたレフィは、彼の視線を追って自分も同じものに目を向ける。
「……あれは」
黒い制服を身に纏った男達と、その先頭を歩く白衣の男。彼らは里のエルフに何か話を聞いているようで、レプトとレフィがいる屋敷の方へは全く目を向けていない。
レプトに次いで彼らを目に入れたレフィは、同じように動揺を露わにした後、すぐさま、別の感情を表情に浮かべた。
「白衣……あそこにいた奴らと、同じ……」
彼女の表情は、恐怖と不安に染め上げられていた。




