埋葬
「埋葬ね。そりゃ、言いづらそうにするわけだ」
翌朝、ジンは早くにリュウに連れられ、ある場所に向かった。その場所とは、先日に彼らとレフィが初めに会った場所だ。暴走状態の彼女の恐ろしさを木の陰から観察していた、あの場所。つまり、彼女の能力によって死んでしまった人間のいる場所だ。
「……いた」
首を回して周囲を探索していると、リュウは何かを見つけたらしく、後ろについてきていたジンを振り返る。そうして、彼は目の前の焦げた草むらを指し示した。ジンが覗いてみてみれば、そこにはあの、全身に酷い火傷を負った死体があった。
「さ、さっさと済ませよう」
リュウは手に二本持っていたスコップと鍬の中間のような形状をした道具の片方をジンに投げ渡す。ジンはそれを受け取ると、死体を再び目に入れた。
「……リュウ」
「なんだい?」
「確認できただけでも、こいつともう一人、この森に来ていた。そしてレフィに殺されたわけだが……」
少し惑うように目を泳がせながら、ジンは話す。ただ、そうやって口を動かす間にも彼は迷っていた。
(これは、話すべきか……。しかし、この制服は……)
ジンは、レフィが今目の前に横たわっている男を殺した際に気付いたことをリュウに話そうとしていた。男が身に纏う黒い制服、そこをきっかけに気付いたあることだ。
迷うジンを傍目に、リュウは地面に手に持つ道具の穂先を突き立てながら言う。
「彼らが、この国の軍人だっていう事かな」
「……っ! お前、気付いていたのか」
ジンは目を見開いてリュウを見る。彼は、ジンが気付いていたことと同様のことを彼が話すまでもなく知っていたらしい。ジンはリュウがそのことに気付いていたのを知ると、大きく動揺する。
「いつ気付いた?」
「最初から。まあ、気付いたっていうよりは、知ってたって言う方が正しいかな。ほら、言ったでしょ? 里に土地を譲れって言ってくる奴らがいるって」
「ああ、聞いたな」
「その人達についてきて、軍人が来ることがあったんだ。だから、彼らの服を見た時には気付いていたよ」
「……そうか」
男が軍人であったという事実に気付いていたわけを説明され、納得したようにジンは頷く。ただ、わけを話されても彼には納得しきれない部分があった。そこを、ジンは問う。
「気付いていたなら、危険だとは思わなかったか。この軍人が里に土地を譲るよう言ってくる連中の一員だったら、その中から死人を出したことになる。返しに、武力で強硬手段を取られる可能性もあるんだぞ」
「それは……ないと思うよ。この軍人は、恐らく里に来ていた奴らの一員じゃない。レフィを探しに来た奴らだと僕は思ってる。里に来る奴らは、一定間隔で里に現れる。今はその時期じゃない」
リュウは冷静に里の状況とこの惨状を無関係だとする理由を話す。彼はすべてを理解した上で余裕を持っていたらしい。
「お前……随分と考えが回るんだな」
「別にそんなことはないさ」
危険な可能性がありながら、今持つ情報で的確に自分なりの答えを出していたリュウにジンは感心を覚える。リュウはそんなことはないと謙遜しながら、作業をする手を動かした。ジンも同じようにしながら、話を続ける。
「しかし、直接的な危険性はないとはいえ、レフィを探すような集団がこの辺りをうろついているのは確かだ。こいつがここにいたことが証明になっている」
「まあ、そうだね。里に来る連中以外に面倒が増えたかと思うと、うんざりするよ。……しっかし」
リュウは言葉の途中、首を傾げる。
「レフィがあの建物を抜け出したのが、ここ一週間くらいのことだって記録があったんでしょ? にしては、来るのが早すぎない? それに、全く考えてなかったけど、彼らがこんな田舎に研究所を構えるのもおかしな話だ。彼らがどこに暮らしているかは知らないけど、通うには環境がひどいと思うんだけど」
「ああ、そこらの問題は、転送装置で解決しているんだろう」
「ん……てんそう、何?」
聴き慣れない言葉にリュウは首を傾げる。そんな彼に、ジンは長々と説明する。
「人間や物体を一瞬で遠くに運ぶ道具がある。それが転送装置だ。そいつがあれば、遠くにある職場にも一瞬で行けるから、こういう首都から全く離れた場所に研究所があっても困らないんだよ」
「はぇぇ、なるほど?」
「危険な実験や、事故によって周囲に危険が及ぶ可能性のある施設はこういう場所に置かれ、転送装置で通って仕事ができるようにすることが多い。何せ、今回みたいなことが人の多く暮らす街で起これば死人が多数出るだろうからな」
ジンは転送装置の概要と、何故このような場所に研究所があったのかのわけを併せて説明した。リュウはそれを、眉間に深くしわを刻み、頭を回転させて咀嚼しようとした。が、しばらくすると理解することを諦めたのか、はあと深く息を吐く。
「機械とか装置とか、よく分かんないなぁ。まあ、それなりの理屈があるってことでいい?」
「……大分テキトーな理解だな。まあ、そうだ。彼らがここに早く来られたのも転送装置を使っての事だろう。研究所内のものか、あるいはこの森の周囲の街にあるものを使えば、数日中にここにつくのは容易だからな。さて」
話をしながら、人が一人分入る程度の穴を二人は掘り終える。あとは、死体をこの穴に埋めるだけだ。
「俺が運ぶ」
ジンは死体を両腕で抱え、自分達がつくった穴にそっと置く。それが終わると、彼とリュウは再び道具を手に持ち、脇に退けていた土で穴を塞いでいく。
「最低でも、二人だ」
「……ん? どうした、リュウ」
死体を埋めながら、リュウは一言呟く。唐突な言葉にジンが首を傾げると、彼は大きく息を吐きながら話す。
「レフィが奪ってしまった命さ。彼女が悪いわけじゃないけど、無視していいわけじゃない。命の責任は、奪ってしまった数の倍を助けようと払えるものじゃない。僕は彼女のそれを、少しでも軽くしたい」
レフィが奪ってしまった命を土に埋めながら、リュウは呟く。ジンは黙ってそれを聞いていた。
リュウの言う通り、レフィに殺人の意図がなかったとはいえ、彼女がやってしまったことは間違いなく殺人だ。何も彼女が気負わずにいられるわけではない。彼はそれを、少しでも軽くしたいと言った。
最後に、リュウはジンの方へ向かって言う。
「頼みたいことがある。今度は朝早くとかじゃない」
「……なんだ?」
リュウはジンの目を真っ直ぐ見て、また、カスミにもしたように頼みたいことがあると言う。ジンも彼の視線に応えるように、目を逸らさず視線を返す。
そしてリュウは、一息間を置いて言うのだった。
「レフィを……」




