自分の力で作り上げた信頼
リュウはレフィとレプトを連れ、里中を回った。テツをはじめ、レフィの火の能力を必要とする者を彼は予め調べておいたようであり、彼の案内する先では必ずレフィに手伝えることがあった。テツを助け、感謝の言葉を受けた時から前を向き始めたレフィは、俯いていた気分を上向きにまでしていた。
しばらく過ぎて、レフィの火の能力で手伝えることがなくなってくると、リュウは彼女やレプトに単純な物運びなどを頼むようになった。彼にはレフィの自身の能力に対する意識を変革する以外の目的もあったのだろう。二人は彼の要求を断らなかった。
陽が落ちかけ、森の緑がオレンジの光に濡れる時分。里の者の頼みで、レフィ達はある少女のお使いに付き添っていた。レフィの能力の出番はないが、三人はつつがなくこれをこなしていた。
少女のお使いは既に完了し、彼女の家も目前という時、少女は後ろについてくるレフィ達を振り返った。
「お母さん、私一人で大丈夫って言ったのに、わざわざごめんね」
少女は、自分の母親が付き添いを頼んだレフィ達に頭をぺこりと小さく下げた。少女の謝罪に対し、三人の中で一番前にいたレフィが首を振って応える。
「別に謝ることじゃねえだろ。大丈夫だよ、こんくらい」
「ありがとう、お姉ちゃん。……話に聞いてたのとは全然違うね」
「……ん、話って言うと?」
少女の言葉に、何かとレフィは首を傾げる。すると、彼女は少し申し訳なさそうにしながら話し出した。
「お母さんの友達が話してるの聞いたの。危ないことする外の人を、リュウさんが連れ込んだって。またリュウさんが面倒を起こした~って、騒がれてたよ」
少女の言葉は、昨日にリュウやジンが予想したような噂話であった。少女の言葉を聞いたリュウは舌打ちをして顔をしかめる。
「なるほど、僕ってそんな風に思われてたわけ」
「へへ、まあ普通って感じじゃねえしな、お前」
「なんで普通じゃないってだけで逐一陰口言われなきゃなんないんだろうねぇ」
リュウはため息をつき、あまり里の中でよく思われていない現状について愚痴をこぼす。少しだけ機嫌を崩したように見える彼に、レプトは適当な言葉を投げかけて慰めた。
そんなやり取りをする二人を背に、レフィは少女に笑って返した。
「そりゃ、オレがやっちまった事のせいだな……」
「え、お姉ちゃん、何かしちゃったの?」
「ま、まあ……」
レフィは少女に問い詰められ、昨日のことを思い出して苦い顔をする。どう答えたものかと彼女は目を泳がせた。
そんな風に言葉選びに困るレフィを見てか、少女は元気に声を上げる。
「お母さんの友達に言っておくね、お姉ちゃんたち、いい人だよって」
「え?」
「だって、誤解? されたままだと、悲しいもん」
少女の言葉は、レフィ達に対する純粋な感謝からきているようだった。感謝しているからこそ、少しでも返礼がしたいのだろう。
レフィは少女の言葉を受けると、口元に笑みを浮かべ、彼女からも感謝を述べる。
「ありがとうな」
「うん。あ、リュウさんのこともついでに話しておくね」
「あ、ああ……はは。ついで、ね」
ついでと言われて何と反応していいか分からず、リュウは引きつった笑みを浮かべて返した。
少女はここまでのやり取りを終えると、「それじゃあね」と声を上げ、自分の家に向かって走っていく。レフィ達三人は、どんどんと離れていく彼女の背を見えなくなるまで見送った。
付き添いという頼みを終えた三人は、一息ついて力を抜く。そんな時、そういえばとレプトは二人に言う。
「あの子の付き添いをしてここを歩くとき、あんまり目線を向けられなかった気がすんだけど、気のせいか? なんか、初めにここに来た時の方が周りの人達が見てきたような気がするんだけど……」
「ん、そうなのか?」
レプトの言葉にレフィは首を傾げる。彼女は初めにこの里に来た時、気絶した状態だったため、全く比較ができないのだろう。
レプトの言葉を受けると、以前の状況がハッキリとは把握できていないレフィにも分かるようにリュウが説明する。
「ここの里の人は、外の人が嫌いでね。君やレプトが初めに来た時も、まあ、あんまりいい目線を向けられなかったんだ。今はそんなことないけどね」
「……っていうと、なんでなんだ?」
レフィは再び首を傾げる。自分達に対する印象が変わった理由が全く見当もつかないらしい。そんな彼女に、レプトは少しも悩まずに言う。
「そりゃ、お前のおかげなんじゃねえか?」
「え、オレ……?」
「ま、そういうことになるかな」
レプトの言葉に頷き、リュウはレフィに笑いかけた。
「今日、君がやったことが皆の印象を変えたんだよ。面倒を持ち込む余所者から、積極的に他人を手伝ってくれる人達、って具合にね。まあ、ここは田舎だから噂が広まるのが早い。悪いのも、良いのもね。あの女の子みたく、自然と皆が話を広めてくれるんだ」
「ん、そうなのか……」
リュウの長々とした説明に、レフィはハッキリと自分の功績を掴めずにいるようだった。首を傾げ、眉を寄せている。
「はは……。まあ結局」
リュウは長い言葉での説明を諦め、レフィに微笑みかけて言う。
「君の頑張りのおかげってことだ。里の皆に代わって言わせてもらうよ。ありがとう、レフィ」
「……!」
レフィはリュウからの感謝の言葉を受けると、何と言葉を返していいか分からず、頬を赤く染めた。テツや先ほどの少女から受ける感謝に対する反応とは、また少し違う。自分を助けてくれた人間から受ける感謝には、喜びより、誇らしさや照れくささが勝ったのだろう。
そんなレフィの感情には全く気付かず、リュウはレプトの方へ向き、彼にも感謝の言葉を述べる。
「レプトもありがとう。ちゃんとした休息を提供する、みたいなことを言っておいて、頼み事ばかりで。でも、今日で悪い噂も大方取っ払えたと思うし、今から明日にかけては充分に休めるようにするよ」
「ん、ああ。俺は別に全然いいさ。ま、連れの二人は今日一日で取れるは思えねえくらい疲れてっから、そういうことはあいつらに言ってやってくれ」
レプトはジンやカスミのことを思い出し、二人の疲れのことを心配する。ジンは一行で唯一の大人であるが故の疲れ、カスミは慣れない戦いや一日中動きっぱなしだったという事から来る単純な疲れ。二人の疲れを想像し、「あいつらは大変だからな」と笑って言った。
彼の言葉を受け、リュウは「そうするよ」と適当な言葉で返すと、二人に向き直って言う。
「じゃ、今日は頼みを聞いてくれてありがとう、お疲れ様。屋敷に戻ったら、すぐにご飯を準備するよ」
「「おっ!」」
リュウの言葉に、レプトとレフィは顔を見合わせて興奮色の声を上げる。それほど、昨日の彼の料理は美味だったのだろう。二人のその反応を見たリュウは、フフッと小さく笑い、屋敷の方へと足を向けた。
「礼に足りるよう、頑張ってつくるよ」




