顔を上げて
「ん……おかえり、レフィ」
テツの鍛冶場の壁に寄りかかってレフィを待っていたリュウとカスミ。二人が軽く雑談しながら少しの時間が過ぎると、鍛冶場の扉が予兆なく内側から開く。中からはレフィが上機嫌そうに出てきた。彼女の姿を見止めると、リュウとカスミは彼女のことを迎えた。
「テツさんはどんな感じだった。無茶なことは言わなかったかい?」
「ああ、全然大丈夫だったぜ」
「随分と調子がよさそうね。うまくいったの?」
「おうよ!」
鍛冶場に入る前の臆病とも取れるようなレフィの様子とは打って変わって、今の彼女は快活そのものだった。そんな彼女の様子を見たリュウは彼女のこの変化について話す。
「多分、こっちのが素なんじゃない? 力のことがずっと重荷だっただろうからね。今回の事が多少でも有効だったのが確認できて僕としては嬉しいよ」
「……まあ、そうなんだけど。にしても、変わりすぎな気はするわね」
レフィの変化を喜ぶリュウに反し、カスミはあまりにも急で激しい変化に慣れることができずにいるようだ。そんな二人の反応に構わず、レフィは一人で自分の力の可能性について想像を膨らませていた。
「単に火を付けるだけじゃねえ。色々、灯りや料理だって、いろんなことができる……!」
自分の手の平を見つめて、彼女は自分の力が出来ることについて考える。そんなレフィの思考の最中、リュウが彼女に声をかける。
「じゃ、レフィ。君のその力でまた別の人を助けに行こう。この里には君の力が役立つ所がいっぱいあるからね」
「よっしゃ、次いこうぜ、次!」
リュウの言葉にレフィは満面の笑みと、大きいというより、デカいという言葉の似合う声で返した。昨日までまともな状態でなかったとは思えないほど、彼女は元気そのものだった。カスミはそんな彼女の様子を見て、呆れたようにため息をつく。
「なんつーか、見た目通りの子供っぽさがあってよかったわ」
「ん、ガキっぽいってことかよ、カスミ」
ぼそっと呟いたカスミの言葉を耳ざとく聞きつけたレフィは口をとがらせる。そんなレフィを見たカスミは、喉の奥で小さく笑った。
「湿った感じの奴よりは、ガキっぽい方が全然いいわ」
「……なんか、遠回しに悪口言われたような気がするんだけど、気のせいか?」
「そうね、気にしなくていいわよ」
以前よりも今の方が良いとカスミは遠回しに言う。レフィは彼女の意図が分からないようで、首を傾げるのみであった。
そんなやり取りをしている内に、カスミはレフィの様子を見て山場はしのいだと感じたのか、力が抜けたように欠伸をする。そこから始まり、数日間動きっぱなしだった疲れを彼女は一瞬にして思い出した。彼女は表情を一気に緩ませ、リュウに欠伸混じりに声をかける。
「ね、私戻っていい? もう一息ついたみたいだし、そもそも私って能力関係のことで呼ばれたんでしょ?」
「え……それは流石に薄情じゃない?」
「ドン引きしたみたいな目で見んじゃないわよ。私、疲れてんの。どんだけこの何日かで動き回ったと思ってるの……。アンタと会う前から、色々あったのよ」
この数日間、命に関わるような旅に参加することになったり、命を懸けてレフィを助けようとしたり、非常な体験を立て続けにしてきたカスミは疲れ果てているようだった。それに加えて、彼女はまともに休めていない。休息を求めるのも当然だろう。
ただ、その周囲の状況を知らないリュウは構わず彼女のことを白い目で見る。その視線に耐えかねたカスミは、吹っ切れたように大声で言う。
「ああもう、分かったわよ!」
「お……それじゃ、ついてきてくれるのかい?」
「レプト、代わりに連れてくるわ。それで勘弁で」
「えぇ……そういう意味じゃないんだけど」
結局、これ以上は動きたくないというカスミの結論は変わらなかった。
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カスミはあれ以降の問答をせず、さっさと屋敷の方へと戻っていってしまった。一応、里のエルフ達に余計に見つからないよう人目の付かない所を行きながらではあるが、にしても行動が早い。レプトを寄越すという言葉もあったため、リュウとレフィはテツの鍛冶場前から動けなかった。
しばらくすると、カスミが消えていった方向から、フードを被ったレプトが現れる。
「よっ、ここに行けってカスミに言われたんだが、どうしたんだ?」
レプトは軽い調子で声を上げながら二人に近付いていく。レフィは彼を迎えるような言葉を投げかけた。
「よっ、レプト。おはよう」
「ん、ああ、おはよう。なんか、昨日と様子が違くねえか? あんまり話したがらない感じだったと思うんだが……」
「そりゃ、色々あって……昨日は悪かった。色々と……助けてもらったのに態度悪かったし」
「や、別に気にしてねえぜ? 今みたくゴリゴリ来てくれる方がこっちも助かるしな。それに、あんなことがあったんだから気にするのも無理ねえさ」
裏表の無い笑みを浮かべてレプトは言う。彼の言葉には深い気遣いは含まれてはいなかったが、全く嫌味がない。レフィはそれを受け、自然と気が軽くなるのを感じた。
そんな二人のやり取りを傍から見ていたリュウは、申し訳なさそうにレプトに向かう。
「悪いね、君に来てもらう予定はなかったんだけど」
「全然いいぜ。どうせ暇だったしよ。それに、カスミはちょっと疲れてたしな」
「ああ……何かあったの? 昨日より前もずっと動きっぱなしだったみたいなこと言ってたけど」
「そりゃ……」
レプトはカスミと出会ってから今までのことを思い返す。最初は人攫いに捕えられていたし、フェイと戦うことにはなるし、あの建物を見つけるまでずっと歩きっぱなしだったこともあった。彼女の疲れは当然の帰結だろう。
カスミのこれまでを思い出し、レプトは彼女の苦労を鑑みてリュウに言葉を返す。
「大変だったからな。多分まともに休めてねえし」
「そんなにかい? ……薄情は言い過ぎたかな」
リュウはレプトの反応を見て先ほどの言葉を反省する。
「まあ気にしすぎんなよ」と言ってレプトがこのやり取りに蹴りをつけると、話が終わったのを見過ごしてか、レフィは二人の気を引くように声を上げる。
「話、終わったか? じゃあ行こうぜ、リュウ」
テツの時のように自分の力を求める里の者に案内してくれ、とレフィは言う。リュウはそれを受けると、本来の自分達の目的を思い出し、反省から気分を入れ替えた。そして、レプトとレフィを同じ視界におさめて言う。
「案内するよ。ついてきて」




