リュウという男
「アンタは、あのテツって人がレフィを悪者扱いしないって分かってたのね」
「そりゃあ分かってなかったら初めに選ばないよ」
リュウとカスミは、テツの作業場から外に出て二人で話していた。内容は、リュウがレフィをここに連れてきた意図だ。彼は作業場の壁に背を預けながら、自分の考えを話す。
「テツは噂とかが好きじゃないし、仕事以外で人とはあまりしゃべらないからね。レフィのことを知ってもいないと思ってたよ。それと、彼の仕事は鍛冶、火の能力で手助けできる候補の筆頭だ」
「よく考えてること。……まったく、リュウ。アンタって何から何まで計算ずくなのね」
カスミは隣で欠伸をするリュウを横目に、感心したような、それでいて、遠いものを仰ぐような声で言う。
「レフィの自責の念を少しでもやわらげようとしたのね。それに、自分の能力に対する恐れをなくすように、人の役にも立つことができるってことを教えようとしてる。それに……」
カスミはエルフの里を遠目に見る。
「これから、別の人の手助けもさせるのよね。で、里の人の見方も変えていく。本当、すごいもんね。噂が広まりやすいっていうのは、いい噂も広まりやすいとも取れるし」
「まあ、正直都合がよかったから」
リュウは謙遜するように笑った。
「ここは田舎だって言ったでしょ? だから、都会にあるようなマッチとか、ライターがない。だからレフィの能力は手助けすることに事欠かないんだよ。まあ、噛み合っただけさ。それに……」
話の途中、思い出したかのようにリュウはカスミの方を見る。そして、彼の方も同じく、彼女を褒めるようなことを言う。
「君の、力は使いよう、って言葉がなければ思いついてなかったよ。一人で思いついたとしても、何日か後かな。ともかく、君には助けられたし、考えもすごくいいものだと思う」
「それはどうも。て言っても、こんなスムーズに実行に移せるのは、アンタがすごいからよ」
カスミはリュウにどこか常人離れした人を見るような目を投げかけながら、褒めるのとはまた違う、深刻そうな口ぶりで話す。
「里のどんな人がレフィの手助けに適しているかすぐに判断できて、すぐにそれを実行するし。それに、昨日のも。一番危険な役をこなしてた」
「君らがいなきゃ成功してなかったよ」
「それはそうかもだけどさ。でもなんていうか……う~ん、全部一人でやろうとしてる、って言うのかな……。頑張りすぎてる、とも言うのかも」
カスミはリュウの有能ぶりや、それに関わる彼の事情についてどう言葉を選んでいいか頭を悩ませる。だが、「ともかく」、と言って言葉を切り、彼女はリュウの方へ向く。
「無理はし過ぎないほうがいいわよ? 里の事情は知らないけど……私やレプト達に出来ることがあったら、助けるから」
「……ありがとう。恩に着るよ」
カスミの言葉にリュウは笑みで返す。彼のその笑みには、どこか乾いたような、本気にはしていないような、そういう無機質さが少し含まれていた。
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「ちょっと火を強めてくれるか」
「あ、ああ。分かったよ」
テツに作業場の奥に引っ張られていったカスミは、彼の指示に従って炉に火を入れていた。細かい指示などを受ける度に返事をし、その通りにする。
リュウの発言の通り、テツはレフィのことを敵視などはしなかった。寧ろ、彼女の能力を好意的に受け止め、手伝うように言ったのだ。彼女はテツの要求に抵抗することなく、彼を手助けした。
レフィの火によって赤熱した鉄を打ちながら、テツはレフィに声をかける。
「お前、名前は?」
「え……レフィ。レフィっていうんだ」
「ほぅ、レフィね……。お前はリュウの何なんだ?」
「何、って……」
会話の途中、リュウとはどういう仲なのかと問われ、レフィは返答に困る。だが、すぐに彼女は自分が暴走状態にあった時のことを思い出した。次いで、今現在も彼に助けられている現状を思い浮かべ、問いに答える。
「あいつは、オレの命の恩人だ。助けられた、今も助けられてる」
「命の恩人ね。あいつらしいな」
「……リュウって、どんな奴なんだ? オレはまだ昨日会ったばっかりで、よく知らないんだ」
「あいつか? あいつは……」
レフィがリュウについて問うと、テツは仕事の手を止め、顎の髭を指先でいじりながら話す。
「不思議な奴だ。嘘を言うし、人を不快にさせるようなことを積極的に言いやがる。ただ、人のことを考えているようでもある。オンオフがハッキリしているとでも言うのかねえ。それと、しきたりや慣習、この里自体も大嫌いだな」
「なるほど」
「まあ、嫌いになるのも無理はねえって感じなんだがな」
「……? っていうと、何かあったのか」
テツが言葉を濁したその続きをレフィは問う。だが、彼は彼女の言葉には答えない。再び仕事に手を付けながら、目を逸らした。何か、口にしづらいことでもあるかのように彼は沈黙する。鍛冶場にはしばらくの間、槌が鉄を打つ高い音だけが響いていた。
しかし、少し仕事を続けていると、黙ったままでは手が続かないと考えたのか、口を開いて話し出した。
「手伝いの礼だ。話してやるよ。……リュウの母親は、病で死んだ。里の医術じゃ到底治せない病だった」
「……外の医術だったら治せたかもしれなかった、ってことか? それで里を……」
「そう単純じゃない。外の技術じゃ治せたかもしれなかった。だが、ただ不足が原因で里を嫌悪するようになったわけじゃない」
彼は作業を続けながら語り続ける。
「あいつの母親は、しきたりや習慣に厳しかった。自分にも、他人にも。正直、異常なほどにな」
「それって、関係あるのか?」
「おおありさ。……あの人が病で床に臥せっていた時、リュウは外で医者を探そうとしたのさ。助かるかどうかはともかく、やれることはやろうとしたのさ。ただ……それを、死にかけた母親本人が止めたんだ。周りの奴らや父親も、死にかけの人の意志を尊重してやりたいって言って……まあ、結局リュウは母親を助けられなかった」
「そりゃ……」
リュウはテツの口からリュウの壮絶な過去を聞き、何も言えなくなる。つまり、彼は自分の母親を助けようとしたのに、その可能性を助けようとした母親自身に阻まれたという事だ。
テツはため息交じりに続ける。
「リュウの父親、つまり里長も、前はああまで頑固じゃなかったんだがな。寧ろ、息子に甘い父親って里中の皆が言ってたぜ。今でも少し残ってるがな。まあ、リュウも里長も、近しい人の死で変わっちまったのさ」
リュウの過去はあまりに悲惨だった。レフィは彼の過去を聞いて、昨日にあったことを思い返した。それは、彼女が自分など死んだ方がいいと言った時のことだ。憤怒を溢れさせて、リュウはレフィを叱責していた。
(そりゃ、怒るよな。それにしても、リュウにはそんなことが……つっても、オレには何も……)
リュウの過去を多少知りはしたが、彼女にはこれをどうしていいか分からなかった。少なくとも、今の助けられる立場からではどう彼を慰めていいかも分からない。
作業場に人の声が響かなくなって、しばらく。「辛気臭い話をしてしちまったな」と言って、テツは別の話題を出す。
「そういや、あいつはあんな感じに里のことが基本的に嫌いだが、一つ気に入ってるところがあるって話してたな」
「え、何だよ」
「刀、だな」
「……刀? ああ、持ってるな、リュウ」
レフィはリュウが腰に提げている刀を思い返す。そして、そういえばと首元に刀を突きつけられたことを思い出し、身を震わせた。
そんな彼女には気付かず、テツは少しだけ誇らしげに仕事を続けながら話す。
「ありゃ俺が打ったんだ」
「へえ、じゃあテツはすごく良い腕なんだな。すげえ……鋭かったぜ。なんでも切れそうだったな」
自分の首に突き付けられた白刃の光を思い出し、顔を青ざめさせながらレフィは言う。そんな彼女の賞賛の言葉に、テツは嬉しがるよりも意外そうな顔をした。
「刀の刃を見せたのか、リュウが?」
「え、ああ……見せたって言うか、何と言うか……ともかく、見はした」
「なるほど。命の恩人つってたし、相当な事情か何かあったのか」
レフィの言葉にテツは首をひねった後、すぐに自分で納得したように頷いた。一体何を一人で解決しているのだろうと、次は彼の反応を見たレフィが首を傾げる。
「刃を見るってことに、何か意味でもあるのか?」
「まあ、少しな。刀には心って意味がある。鞘と刀身、合わせて一つの心だ」
「あ~……ちょっとよく分からねえんだけど、分かりやすく説明してくんねえか?」
「大まかにはこんな意味がある。鞘は理性で、刀身が本能。人間の心と同じように、醜い本能を理性で隠してるって解釈だな。刀を抜いて相手を殺そうとしたり、脅かそうとするのは、本能を剥き出しにした下卑た行為って言われたりするんだ」
「……んぅ?」
テツの長めの説明を聞くと、レフィは頭を抱えて考え込む。彼の話の理解がちゃんとできていないようだった。そんな彼女の様子を見たテツは、軽く笑いながら言う。
「まあこの言い伝えをリュウがどんな風に見てるか知らねえが、俺達にとって刀を抜くってのは相当なことだ。鞘から刀を抜かずにそのまま戦う流派があるくらいだからな」
「はぁ……なるほどなぁ」
レフィは話の詳細は理解できずにはいたものの、テツの最後の言葉から大まかなニュアンスを感じ取って理解した。
「さて、と……」
雑談にも一息がつき、同時に仕事にも一区切りがついたようで、テツは作業の手を止める。
「もういいぜ。ありがとうな、手伝ってくれて」
「え、もういいのか?」
炉に手をかざして能力を行使していたレフィは、テツの言葉にもう終わりかという疑問を感じる。彼女がテツの仕事を手伝い始めて今は二十分ほどだ。これくらいで鍛冶の仕事が全て片付いたのだろうか。
レフィの言葉に、テツは頭を掻きながら答える。
「これでいいのさ。それに、充分助かってる。この里じゃあ、ただ火を起こすのにも一苦労だからよ。結構ありがたかったぜ」
彼は最後、レフィの肩に手を置いて言う。
「ありがとうな」
「……!」
レフィは、初めて自分の力で他人を助けることができた。そして、その実感をテツの嫌味のない感謝の言葉によって存分に感じる。彼女は自分の悩みの克服と同時に、感謝の念を受けることによる幸福感を得た。このことだけで全てを拭いきれるほど、彼女の負ったものは軽くはない。しかし、彼女は大きなはじめの一歩を踏み込んだ。
レフィはテツの実直な感謝の言葉に、少し顔を赤くしながらも元気な言葉で返すのだった。
「おう!」




