レフィの能力
レフィを助け、一行がエルフの里に辿り着いた日の翌日、その早朝。まだ日が昇り切ってはおらず、空は白んでいる。とはいえ、森には薄く陽光が差していて歩くには困らない。森の緑に包まれるエルフの里に暮らす人々はまだ寝静まっている。動物たちも同様、目が覚めていないらしい。森は静寂に包まれていた。
そんな静けさの広がる森の中、人のいる里から大きく離れた場所に三人の人影があった。リュウ、レフィ、カスミの三人だ。
「屋敷、出ちゃいけないんじゃなかった?」
「別にいいさ。父上はあれで優しい所……いや、甘い所があるからね」
カスミは、昨日シュウに屋敷をあれほど出るなと言われていなかったかと問う。リュウはそれに、別に気にするほどのことじゃないと返した。
「どうせ人の目もないし、結局は里の人に見られなきゃいい話さ」
「やっぱ、アンタってこずるい所あるわよね」
「そう? 問題にならなければ何したっていいでしょ。少なくとも、里で何かしなければ大丈夫だと思うけど」
重要なのは自分達に嫌な目を向けるかもしれない里の人間に会わないことだとリュウは付け足した。そんな話をしている二人の背を、小さい歩幅でついていくレフィ。彼女は二人が話す内容がハッキリとは分からなかったが、それを理解しようとするより前にリュウに声をかける。
「な、なあリュウ」
「なんだい」
「こんな朝っぱらに、人のいない所で一体何するって言うんだよ」
レフィが恐る恐る聞いたのは、自分とカスミをリュウが何のために呼んだのか、ということだった。その訳をリュウは二人にまだ説明していなかったのだ。
レフィの問いを耳に入れると、それに同調するようにカスミも同じ質問をリュウに投げる。
「そうよ。私の睡眠時間を削っておいて、下らないことが目的じゃないでしょうね」
「下らないことじゃないよ。結構重要なことかな」
冗談交じりのカスミの問いに、リュウは至極真面目な口調で返し、レフィに目を向ける。
「君の力、普通に使えるようにしよう。自分で、自由に扱えるようにするんだ」
「っ……力を」
リュウの言葉を聞くと、レフィは明らかな警戒を表情に浮かべ、身を固くする。当然だ。彼女にとって、自身の炎の能力は大きな問題の一つなのだから。
そんな彼女に反し、カスミはというと、リュウの言葉を聞いて納得したように頷く。
「なるほど。んで、同じように能力のある私を呼んだのね」
「そうなるね。君は通常じゃ考えられない異常な腕力を持っていた。君はレフィと同じ、シンギュラーだろう?」
「そうね。まあ、多分レフィとは事情が違うでしょうけど」
カスミは例の建物であったこと、ジンに話されたことについて思い返しながら言う。あの建物にあった手記には、レフィはもともと特殊な能力など持っておらず、あとからそれが付加されたというように記録されていた。生まれた時から能力を持っていたカスミとは全く状況が違う。
「まあそれはそうだけど。でも、そこから何とかしていくしかない。さて、レフィ」
リュウはカスミとレフィの違いを承知の上で、それでもやるしかないと言う。そして、レフィの方へと目を向けた。
「まずは……あの能力、今使おうと思って出来るかい?」
リュウの問いに、レフィは身を小さくして答える。
「わ、分からない……使って、みたいとも思わないし……」
「やってみるんだ。君の力は、使いようによっては人の助けになる。どんな力もそうだ。君のもそう。今までのことがなくなるとは言わないけど、これから、人を助ける可能性があるんだ。その可能性を捨て置くのは勿体ない」
リュウは昨日と同じように言葉を重ねてレフィを説得する。彼女はそれを受けると、頭を抱えて深く悩む。自分の力が、他人を傷つけたという過去と、これから人を助けるかもしれないという可能性。二つを天秤にかけて、レフィは決断する。
「やって、みるよ」
「……よし」
レフィが自分の提案に頷いたのを見て、リュウは口元に笑みを浮かべる。それを見て同じように小さく笑おうとしたレフィ、だが、直後に再び申し訳なさそうな表情をした。
「けど、正直勝手が分からないんだ。火を出そうと思って出せるのか、分からない」
レフィのその言葉を受けると、リュウはカスミにチラリと目を向ける。すると、彼女はそれだけでリュウの意図が伝わったのか、適当な小石を地面から拾い上げ、レフィに歩み寄る。
「できて当然、って思った方がいいと思うわ。そうね、例えば……息をするように普通にできること、って」
「って言われても、な。イメージできない……」
「んぅ……イメージね。私のは見て分かる通り、単純に力を強める能力よ。使う時のイメージは……力を込めることの延長線? みたいな感じかしら」
自分のイメージが伝わればと、カスミは自分の能力と使う時の感覚を説明する。だが、二人の能力に大きく隔たりのあるせいか、レフィはハッキリと能力の感覚を理解できずにいた。
そんな二人のやり取りを見ていたリュウは、横から口を挟んで言う。
「多分だけど。君は自分には能力が使えないと思い込んでいるんだよ」
「思い込んでいる?」
「そう。あんまり掘り返されるのは嫌だろうけど、昨日、僕には咄嗟に使えただろう? できないことはない、けど、できると思えていないんだ。思い込みが足を引っ張ってる」
リュウは昨日にレフィが自分の腕に炎を向けたことを思い返してそう言った。できないという思い込みが、できることもできなくしている、と。彼は人差し指を立てて提案する。
「一度、無意識になってみればいい。目をつむって、さっきカスミが言ってたように、できて当然って風に思い込むんだ」
「……それで、できるかな」
「やってみよう。駄目なら別の考え方で、何度でも試せばいい」
時間はあるからね、とリュウは付け足して言う。焦る必要はないという彼の言葉に、レフィは多少体の緊張を解く。そして、彼に言われたように目を閉じ、両の手の平を前に出して上に向ける。暴走していた際、彼女がリュウに炎を飛ばそうとした時と同じような姿勢だ。違うのは、手の平の向かう先に相手がいないことぐらいだろう。
レフィがその姿勢をとって、しばらく。リュウとカスミは彼女の集中を邪魔しないよう、ずっと黙って彼女のことを見つめていた。何十秒とそのまま、二人は彼女のことを見守り続ける。
「……ん?」
ふと、カスミは異様に目を止める。それは、レフィの手の平の上にあった。
「ちょ……リュウ」
「ああ、見えてる」
レフィの手の平の上の空間には、寒さに抗うための焚火に灯るような、オレンジの炎が浮かんでいた。




