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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
エルフの里と臆病な灯
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力の意味

 レプト達が現在の自分達の状況を憂いていたのと同時刻、カスミはレフィを屋敷の風呂場まで強引に連れていた。力の差からレフィに抵抗の余地はなく、現在は二人共、浴場の手前にある脱衣所にまで来ていた。


「ほら、さっさと済ませて。流石に一人にするのはまずいと思って引っ張ってきたけど、中まで一緒ってのは流石にあれだしね。ここにはいるから」


 脱衣所に入ると、カスミはレフィの腕を掴んでいた手を放した。ただ、レフィは動かない。掴まれていた腕を体の脇に下ろし、それ以降は全く動かなかった。黙ったまま、顔を俯けている。


「……どうしたのよ」


 カスミは自分より幾分か身長の低いレフィに合わせるように腰を屈めて話す。そんな彼女に対し、黙ったままで通すのは悪いと思ったのか、レフィはおずおずと口を開いた。


「……怖く、ないのか?」

「ん? 何が」

「さっき、いたよな。リュウと一緒に、あんな状態のオレの前に……それで、見てただろ? オレがどんな奴か。普通、怖がるだろ」


 レフィは何故自分を恐れないのかとカスミに問う。


「ああ、それ……」


 レフィの問いかけに、カスミは彼女から目を逸らす。後ろめたいことでもあるかのような風だ。自分の顔を見上げるレフィから逃げるように目を泳がせている。


「怖くないってことは流石にないわよ。正直、ちょっとビビってるわね」

「だ……だったら何で。オレに近付くことだって、嫌なはずだろ」


 カスミは自分のレフィに対する恐れを正直に口にする。その答えを受けたレフィは、尚更何故、こんな風に自分に近付くのかと重ねて問う。


「何でって聞かれてもね。ん~……怖さよりも、アンタを助けたいって気持ちの方が強いから、かしら?」

「そんな、ふわついた理由で……」

「ふわついたって……人間、別に全部の行動にハッキリした理由つけてるわけじゃないでしょうよ」


 危険だという事をハッキリ理解しながらレフィに近付く理由を、あっけらかんとカスミは話し切る。彼女自身深くは考えていないのだろう。それを聞いて驚いたのはレフィの方だ。彼女は信じられないという顔をしながら詰まり詰まり話す。


「でも……オレは、いつまたあんな風になるか分からないし、自分で力をどう制御していいかも、何も知らないんだ。また、人を傷つけて……殺し、ちまうかも。こんな力のせいで……」

「力、ね……」


 カスミはレフィの震えた声を聞き、指を顎に当てて考え込む。そうして少し経つと彼女は何かを思いついたのか、「ちょっと待ってなさい」と言って脱衣所から飛び出していく。唐突な行動にレフィが驚いて何もできないでいると、何十秒もかけずにカスミはすぐ脱衣所に戻ってきた。手には、何故か小石を持っている。


「それ、何だ……石?」

「ま、見てなさい」


 カスミの行動の意図が分からず、レフィは頭の中に疑問符を浮かばせる。そんな呆けた表情をしたカスミの前で、見せつけるようにカスミは右手に持った小石を突き出した。


「一体何を……」


 カスミの仕草に合わせてレフィは彼女の手に収まる小石を見つめた。レフィの視線が自分の手元に向けられたのを確認すると、カスミは小石を握る手に力を込める。瞬間、ビキッという耳に刺さるような音が響き、同時に、小石にひびが入った。


「……! す、すごい」


 レフィは目の前で起きた出来事にただただ口を大きく開いて驚愕した。ただ、それを咎めるようにカスミが声を上げる。


「確かにすごいかもしれないけど、別にいいことってわけじゃないわよ」

「え、何でだ? こんなことができるんだったら、他にも色々なことができて……」

「そうね。色々できるわ。例えば……」


 カスミはレフィの腕を掴む。


「人の腕を折ることも、首を折ることもできるわ」

「…………」

「……でも、できるってだけ。んなことはしないわよ」


 レフィの腕から手を放し、カスミは笑って言う。そして、彼女はこう続けた。


「力っていうのは、ただの手段よ。それ自体、持ってて悪いってことはない……って何かの漫画で読んだわ。それが悪く見えたりよく見えたりするのは、それを使う人がどんな奴かって問題なのよ。……ほら、例えば」


 カスミは眉を寄せて考えながら話し続ける。


「私の力だったら、力仕事が向いてるわ。ま、正直したくはないけどね。で、アンタのは……程度を抑えられれば、料理とかに使えるんじゃない? ともかく、要は使い方よ。自分の力をそこまで疎んじる必要、私はないと思うわ。嫌な出方をしちゃったから、気負うのは分かるけどね」


 カスミは脱衣所の窓から砕いた小石の欠片を投げ捨てて言い切る。

 レフィはここまでのカスミの話を受けると、少し、表情にあった憂いを軽くした。ただ、それでも全てが拭えたわけではなく、彼女は再び自分の責を探し始める。


「でも……オレは、自分の力を制御できなくて……」

「ん……そうは言っても、無差別に使っちゃうって訳でもないでしょ? そんな風に、全部マイナスに考える必要はないと思うわよ。プラスに考えなさい? そうね……これから自由に使えるようになるわ、きっと。そうなれば、自分の意志で人を助けるような使い方ができるようになるわよ」


 カスミは楽観的な考えを口にし、勢いよくレフィの肩をバシバシと叩く。彼女の言葉は、レフィのことを励ます意図だったとしても緩んだ考えと言わざるを得ない。恐らく、心の底からそのように考えているのだろう。


「……」


 あまりにも楽観的なその考えが出てくるのは、カスミ自身の優しさからだろう。自分の時はレプトの顔を見てしまったことを長く気にしていたのに、殺人を犯してしまったレフィに対してこのように軽く接している。それは彼女の思考がちぐはぐなのではなく、他人には優しく向かい合おうという根元からの考え方のためだろう。

 そこまで察してはいないだろうが、レフィはカスミの言葉に含まれる彼女の意志を感じ、少しだけ考え込む。彼女の言葉の意味と、意志についてだ。

 しばらくの間、沈黙が続く。それを破ったのは、レフィのぎこちない言葉だった。


「わ、分かった。少しは、楽に考えてみるよ。いつか……人の助けになれるように、努力する」

「うん、それがいいわ。私も手を貸すから、頑張りましょ」


 レフィは、リュウの説得に加えてカスミの言葉を受け、大きく心を解されたようだ。その様子を見て取ったカスミは、レフィの頭に優しく手を置き、安堵したように笑うのだった。


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