嫌な噂
「里長を差し置いて、まず異郷人の方へ出向くとはな……相当その者らに信頼を置いているらしい」
廊下から現れたリュウの父は、息子を軽く睨むように見据える。その瞳には少しの疎ましさと、羨むような色があった。そんな目線を父から投げかけられた息子は申し訳なさそうにはせず、しかし、どこか後ろめたそうに言葉を返す。
「里とはまた関係のないことですから。それに、あの子はこの方々の旅の連れでもあります。無事は真っ先に報告しなくては」
「まあいい。……今回の事は深く追求する気はない。お前が根本から嘘を吐いている感じもなかったからな」
「ありがとうございます」
リュウの父はレフィの一件について問い詰めることはしなかった。その根拠は、リュウが嘘を吐いている風でなかった、というハッキリしない理由だった。だが、親子である彼らには何かしら通じるものがあったのだろう。
里長は息子への追及を手短に終えると、形的には客であるレプトとジンに一礼する。
「愚息が世話になっております。私はこの里の長、シュウです。火災の件で恩を受けたこともありますから、数日の間ではありますが里でゆっくり過ごせるように努めます」
異郷人を嫌うと前からの情報で聞いていたレプトとジンは、少し戸惑ったように目を合わせる。思っていたよりも里長、シュウの態度が柔らかいものだったためだろう。二人はその意外な対応に対し、同じように小さく礼を返した。
「恩、ってほどでもねえけど……」
「ありがたく受け取ろう」
シュウは客人達の姿勢を見ると、ひとまずは満足したように頷く。だが次の瞬間、彼は打って変わったように表情を引き締めた。
「早速ですが、あなた方に少し不都合なことが起こりました。この里にいる時は、あまりこの屋敷から出ないことをお勧めします」
「……と言うと、一体何だ」
シュウの様子にジンは警戒心を持った低い声で聴き返す。問われた里長は頭を抱えながらその不都合なことの内容について説明する。
「先の子供、名前も知りませんが、彼女の炎の力を見ていた者がいました。屋敷の、里の者です」
シュウの説明の一番初めの一節を聞くと、察しがついたと言うようにリュウが頭を抱える。シュウと似たような姿勢だ。
「それは面倒なことになったもんだね」
「なんだ? 他の人に見られると、何か悪いことでもあんのか?」
リュウの言葉にレプトが首を傾げる。確かに、里長であるシュウとその息子リュウがレフィの能力については承知しているはずだ。彼らよりも立場としては下であろう里の人間や屋敷の人間がそれを知ると、何がいけないと言うのだろう。
リュウは問われると、小さく舌打ちをしながら説明する。
「田舎の悪いとこさ。噂も広がりが早いんだ。それに、本当にあったこととは違う事が広がることもある。本当に嫌なとこだよ。多分、明日にはレフィの力のことが里中に広がってる」
「里を田舎と言うな。そして悪い所ではない。危機意識が高いと言え」
リュウの言葉の端々にシュウは突っ込みを入れる。里に対する考えの違いだろう。
そんな二人のやり取りを見ながらも、レプトは独り言をつぶやきながら事態を咀嚼する。
「えぇ……レフィの能力、つまり炎を使う力が里の人に見られて、広まっちまう、ってことか? え、リュウ。レフィはどんな形で能力を使ったんだ?」
「まあ、少し……僕の腕をね」
リュウは隠すように覆わせていた着物の袖をまくり、自分の腕をレプト達に見せる。彼の肌には軽めではあるが火傷があった。
「少し炎を出した程度、だよ。ただ、まあ……どう見えたかな」
傍から見ていたのなら、レフィがリュウの腕に炎を放った場面はどう見えていただろう。そこまでの話を聞いたジンは、深く眉に不安を刻んで想定した複数の場合を口にする。
「良く考えて、事故に見えていた。悪く考えて、レフィが悪意を持ってリュウに攻撃したように見えていた。悪く考えた場合、最も最悪なのは……」
ジンはリュウの方へと視線を投げかける。リュウは彼の視線を受けると、小さく頷いた。
(火災の原因がレフィだと噂されるかもしれない。事実ではあるが……)
もしも、話が大きくなってレフィが火災の原因だなどと噂されたら、彼女の身が危うくなる可能性すらある。ただでさえ精神が不安定な今の状況に追い打ちをかけるような状態になってしまったかもしれない。
ジンとリュウは黙ったままでその事実を確認し合う。里長のシュウは実際レフィが火災の原因であるとは知らないため、口に出して話すことはできない。
「ともかく、この里にいる間は外に極力出ないでいただきたい。これはお互いのためです」
里長のシュウは、レプト達に里を出歩かないように求める。その時、これは彼の側にもレプト達側にも利があるためだと彼は念押しした。彼の言葉に嘘を言う人間のような揺れは存在しない。
「分かった、肝に銘じておこう」
ジンは彼の言葉に頷く。一行の安全を第一に考える彼にしてみれば、これを断る理由もないだろう。その反応を見たシュウは安堵したように息を吐くと、リュウを一瞥する。
「ありがとうございます。では、私はこれで。あなた方のことは息子のリュウに任せます。何か用があればリュウに声をかけてください。リュウ、頼んだぞ」
「はい、分かりました」
最後にリュウに視線を投げかけたあと、シュウは一行に背を向けて廊下を歩いていく。彼がここに来たのは、悪い情報の流れた今、余所者であるレプト達が里を出歩くことの危険性を伝えるためだったのだろう。必要なことだけ伝えるとすぐに去っていく辺り、やはりシュウ自身にも余所の人間を歓迎する気持ちを多くは持っていないようだ。
レプトは彼の言葉から知ることのできた現状に、深く憂いを持ったため息をつく。
「いつになったら手放しに休めんだろうなぁ……」
「悪いね、ほんと……」
レプトの疲れ切った口調の言葉に、リュウは同様に気の落ちた声色で謝罪するのだった。その後、彼はその落ち目を拭うように二人に言う。
「食事を用意してくるよ。それで名誉挽回といこうかな」
「えっ……お前って飯つくれんのか?」
「できるよ。自信あるから、きっと気に入ると思う。じゃ、僕はしばらく外すから」
リュウは二人に笑ってそう言い、その場を後にするのだった。




