一旦の安寧
リュウは件の少女、レフィを連れて屋敷に戻っていた。屋敷に至るまで、少女は積極的に話すことはなかった。暴走状態にあった際のことについて未だに責任を感じているのだろう。リュウの方もそれを察し、必要以上には話さなかった。
リュウは屋敷に入ると、真っ先にレプト達のいる部屋へと向かった。彼は入り口の襖の前で、自分のすぐ後ろについてくるレフィを見た。彼女は不安そうな表情をしながら身を縮めている。
「レフィ、君は自分が正気を失ってた時にあったことをどのくらい覚えてるんだい? 特に直前の、僕達と君が会った時のことだ」
「え、えっと……リュウと、その周りにいた奴らの顔は覚えてる」
「そうか。今から会うのはその人達だ。僕も会って何時間かって感じだけど、優しい人達だ。緊張しなくていいよ」
リュウはレフィに警戒をやわらげるように言い、同時に部屋の襖を開く。
部屋の中にはレプト達三人が変わらずにいた。彼らは剣を腰に提げて部屋を動き回ったり、冷や汗を浮かべたりと落ち着かない様子でいた。
リュウがレフィを部屋に連れて戻ると、三人は二人が無事に戻ってきたことに安心交じりの驚きを顔に出し、各々が声を上げる。
「大丈夫だったのか、リュウ。怪我とかはないか?」
「じっとしてろって言われたもんだから、こっちはずっとソワソワしてたわよ」
レプトとカスミがすぐに走り寄ってきたのに対し、リュウは両手を上げて二人を制止する。
「別に危険なことは一つもなかったよ。ただ、ちょっとこの子について色々と知れたことがあった」
リュウは自分の背の後ろに隠れるように立つレフィを示した。安心させるように彼女の肩に手を置きながら、自己紹介を促すように三人の方へと少しだけ押し出す。
「この子の名前はレフィ。詳しいことは後で説明するけど、過去のことを詳しく覚えてないみたいだ。能力による危険はないから、安心して」
「その……よろしく」
リュウの言葉に続けてレフィはぎこちなくレプト達に頭を下げる。記憶がないためか、それとも以前からそうだったのか、彼女は初対面の挨拶というものに慣れていないらしい。そんな様子のレフィを見たレプト達は、少し警戒するような視線を彼女に向ける。恐れにも見える警戒で、三人はレフィを見ていたのだ。
ただ、そんな恐怖を乗り切って、この場で唯一同性であるカスミが彼女に歩み寄る。全く通常とは変わらないように、カスミはレフィに向かった。
「よろしく。私はカスミ。あっちのフードかぶってんのがレプトで、厳ついのがジンよ」
「あ、ああ。よろしく、頼むぜ」
「そんなに固くなんなくてもいいわよ。どうせ私も含めてほとんどが初対面からそんな時間の経ってない面子だし。……っていうか」
レフィの不安をできるだけほぐそうと軽い口調で話していたカスミだったが、彼女はレフィの何かに気付き、話を止める。自分と話す相手が急に言葉を止めたのに対し、レフィは緊張で身を固めた。
「アンタ……」
「な、なんだ?」
「裸足じゃない。こんなんで外走ってたの?」
カスミが言葉を止めたのは、レフィがこれまでずっと裸足で行動してきたことに対する驚きのためだった。彼女はそのことに気が付くと同時に、これまでレフィと共にいたリュウを睨んだ。
「リュウ。アンタ女の子がこんな風なのにずっと気付かなかったわけ?」
「あえ? いや……そんな余裕はなかったというか」
「ん、アンタさっき何の危険もなかったって言ってなかった?」
「まあ……何もなかったわけでもないってことだよ」
「何があったって……まあ今はいいわ」
リュウは細かい事情を話すのを面倒くさがった。それに、全てを話すことになればレフィの殺人に触れることにもなる。それは落ち着き始めてきたレフィの精神に乱れを起こすことにもなりかねない。
カスミはそこまでの深い事情を察すことはなかったが、リュウを責めるのはやめ、レフィの姿を頭から足元まで見直す。
「足が汚れちゃってるから別の部屋で綺麗にしましょ。服もアレだし……リュウ。お風呂とかって貸してくれんの? あと服」
カスミは先ほどまで責めていた相手に様々なものを求める。リュウの方はそれに軽く呆れながらも、廊下の方を指さして言った。
「お風呂はこの部屋から出て右の突き当りにあるよ。服とかは後で持っていかせる。寸法とかはミズハに任せるから、彼女に声かけて」
「そう? ありがとうね。んじゃ、行くわよ」
目的のことだけ聞き終えると、カスミはレフィを連れてさっさとこの場から去ろうとする。彼女は未だに俯き加減のレフィの腕を引っ張る形で廊下を走っていった。
レプトはそんな二人の後ろ姿を見送り、リュウの隣に並んで言う。
「すげえな、カスミのやつ。少し前まであんなだった奴によく……俺も見習わねえと」
「僕の方も、彼女を見習わないと。レフィ、まだ怖がりっぱなしだったし……」
リュウは先ほどまで二人でいたレフィの様子を思い返し、もう少し積極的に関係を詰めるべきだったかと悩む。彼はレフィの心をほぐし切れていなかったことを気にしているようだった。
レプトはそんなリュウの横顔を見て、話し出すなら今かと先ほどの話に流れを戻す。
「で、一体何があったんだよ。本当に何もなかったわけないよな」
「ああ、それは……」
レプトが聞いたのは、実際には二人でいた時にどんなことがあったのかという事だ。その場にいなかった人間としては気にかかるところだろう。リュウはレフィの持つ事情に関してどう伝えようか、眉を寄せて少し悩む。
その時だ。レプト達三人とは別の人間の声がその場に響く。
「戻ったか、リュウ」
「ん……父上」
そこに現れたのは、リュウの父親だった。




