固い慣習
門をくぐり、一行はリュウを先頭にして屋敷の中に入った。門の内側には外から見て分かっていた通りの広い屋敷があり、四人はその廊下を歩いている。レプトとカスミは相変わらず周囲を子供のような目で見ていたが、ジンとリュウは少し緊張を持って一歩一歩進んでいた。
そんな彼らの前方、廊下の曲がり角から慌ただしく大きい足音を立てながら一人の少女が現れた。
「ああもう、早く若様を見つけないと……ん、あなた方は?」
何かに追われているかのように焦った様子の彼女は、向かう先にいたレプト達を目に留めると立ち止まって顔を上げる。そしてその際、一行の先頭を歩いていたリュウを目にすると、口を大きく開いて驚きの声を出す。
「って、わ、若様!? 一体どこに行っていたんですか?」
「ちょっとね。近頃の森のボヤ騒ぎを落ち着けに……父上は?」
「それはもうお怒りで……っていうか、若様、勝手に外に出ないでくださいよ! 怒られるのは私なんですからね!?」
「はは……悪かったよ」
「まったく……って」
リュウと話している最中、少女は彼の後ろにいるレプト達に目を付けた。外から来ただろう彼らに警戒を抱いた彼女はリュウに足早に近付き、心配の色を含んだ小さな声で問いかける。
「若様、あの、後ろの方々は一体……」
「この人達は例の件を解決する時に僕のことを助けてくれた人達だ。それに、命の恩人だよ」
「この方々が……」
「少しでも恩を返したい。彼らは旅をしているらしいから、少しの間ここに泊めてあげたいんだ。ここを案内してくれるかい?」
リュウはジンとの約束を果たすため、屋敷の従者らしき少女に事情の説明をする。少女はというと、異郷人達の正体がリュウの恩人であるのを知ると警戒を解いた。だが、彼女はまたすぐに何か別の不安を思い出したようで、声に含ませる不安の色は消えなかった。
「かしこまりました。ですが、その……お父上が許可なさるでしょうか? あの方はその、外の方が嫌いですし、その上、若様が里を抜け出してお怒りになっているのに」
「そこはまあ、僕が何とかするさ。彼らを頼んだよ」
リュウは少女の不安を軽く受け流し、そしてレプト達の方を振り返った。彼は背負った例の少女をジンに受け渡す。
「この子をお願いするよ。それじゃあ、僕は行ってくる」
必要なことだけ短い言葉で言い切ると、リュウは一行から離れていく。残されたレプト達は顔を見合わせ、どうすればいいのかとまごつく。そんな彼らに、リュウから指示を残された少女が声をかけた。
「案内いたします。私はミズハと申します。以後お見知りおきを。では、どうぞこちらに」
リュウは背中越しにその少女の言葉を聞くと、それ以降は足早に廊下を歩いていく。
レプト達から離れると、屋敷の内情をよく知るリュウはすぐに目的地に辿り着いた。彼の向かった場所は、襖で仕切られた大きい部屋だ。彼はその部屋の前に立つと、そのまま中には入らず、外から中にいる人に聞こえるよう声を上げた。
「父上、リュウです。ただいま戻りました」
彼の言葉に応えるように、中から声が返ってくる。
「入れ」
低い男の声だ。リュウはその声に従い、襖を静かに開いた。
その部屋は、薄い黄色がかった亜麻色の畳が敷き詰められた和室だった。その中心に一人の男が胡坐をかいて座っている。体の線は細いものの、厳格な顔をした四十代ほどの男だ。部屋には彼しかいない。
リュウが眼前に座ると、男はため息交じりの声を出す。
「それで、今回は一体、何故里を抜け出した?」
「近頃里を騒がせていた森の火災を鎮めるためです」
「なんだと? あれは私の手で解決すると言ったはずだ。私の話を聞いていなかったのか?」
「迅速に解決するに越したことはないと思い、私が。件の火災は父上と私が睨んだ通り、普段はこの森にいない魔物が迷い込んだために発生したものでした」
「命は奪っていないな?」
「はい。多少痛めつけはしましたが、命に別状がないように」
男をリュウは父と呼んだ。そして、彼はは自身の父に真っ赤な嘘を吐く。その表情には後ろめたさの色はない。事情の報告を終えると、次いで、彼はレプト達のことについて切り出した。
「それで、なのですが……父上。一つ頼みたいことがあります」
「許しも得ずに里を出た後で、何の頼みだ」
「異郷人を四人、この屋敷に泊めるのを許可していただきたいのです」
「……今、何と言った?」
リュウの言葉を受けた彼の父は、明確に空気を変える。初めから多少の怒気を纏ってはいたが、それが親類に向けるようなものから、外敵に向けるような、歯をむき出しにするようなヒリついた空気に変化したのだ。
「余所者をこの里に入れるだと? 害しか持ち出さぬ奴らだ。そんなことは断じて許さぬ」
「火災を収めるのに手を貸してくれた者達です。それに、悪人ではありません。この場所から立ち退けと言っている人間とも関係は……」
「黙れ! 分かっているだろう。私達は今、火急の場に立っている。どんな不安要素も里に入れるわけにはいかん!」
リュウの父は怒鳴り声を上げて頼みを拒絶する。鬼のような形相で息子に向かう彼は、耳の奥を叩くような声で続けた。
「その者達を里に入れることは許可できん。奴らと関係があろうとなかろうと、そんなことはどうだっていい。外の人間を入れることは里の者に不安を与えることにもなるのだぞ!」
「…………」
父の威圧を受け、リュウは黙る。ただ、その彼の沈黙は緊張や恐れによるものではない。彼は父の顔を下から睨み返すように、低い声で言う。
「一人がアグリです」
「……」
リュウの言葉を受けると、彼の父は怒声を発して上がった息を抑える。リュウはそれに構わず続けた。
「彼らはどんな街からも弾き出され、居場所のない人間達でした。流浪、その日の宿を探すのにも四苦八苦するような立場の人間達です。そんな彼らが、私達の事情を汲んで手を貸してくれたのです。その恩を、返したい」
リュウは再び嘘を交えて父に話す。
「私達も過去、彼らと同じように人の集まりから弾き出されたことがあったそうですね。私や父上の代ではありませんし、私達は誰かに助けられたわけでもありません。しかし、過去の私達のような人間達に、仮宿をしばらく貸すくらいはしてもよいのでは?」
リュウは自分達よりも前の人間の話を持ち出し、許可を引き出そうとした。彼の父は、その話を聞いても厳格な表情を崩すことはない。だが、しばらくの沈黙の後、重い口を開いた。
「屋敷からは不用意に出すな。そして、絶対にお前がついていろ。何か問題を起こしたら、すぐに追い出す」
「……ありがとうございます。では、そのように」
リュウは父の許可を受けると、立ち上がってその部屋を後にした。




