表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
エルフの里と臆病な灯
44/391

収束

「予定変更だ! ジン、僕が隙を見てこの子を押さえる。その時に安定剤を使ってくれ!」


 突然の方針変更にジンは動揺する。だが、少女のただならない状態を目にした上でリュウがそう判断したのだろうと察し、すぐに平静を取り戻した。返事をすると少女の攻撃の対象が散る可能性があるため、彼は木の陰に隠れたまま黙っている。

 リュウは身を隠しているジンが返事はできないだろうことを考え、彼の返答を待たずに身構えた。先ほどまでの姿勢とは違い、ただ避けることを考えたものではなく、少女に接近することを考えて体重を前に向けている。

 リュウが姿勢を整えるのと同時に、少女は息を最低限だけ整え、再び右手から火炎を発生させる様子を見せた。彼女の白い手の平は、真っ直ぐ彼に向けられている。先ほどまでと同様に攻撃してくるつもりだろう。


「くぅ……!」


 一人で歩いている時は無表情だった少女は、喉の奥から苦悶の嗚咽を発して持ち上げた右手に力を込める。同時に、離れた場所でも熱を感じるような激しい火炎が放たれた。それは直線的にリュウに向かってくる。

 少女が攻撃するのを目に入れてから、リュウは地面を蹴った。今度は左右に避けて回避するのではなく、少女と自分に向かう炎熱に向かって、真っ直ぐ正面から向かっていった。彼は目の前のギリギリまで火炎が迫ると、一瞬前に進むスピードをゼロにまで抑え、進行方向を真右に転換して攻撃を避ける。彼のすぐ横を夥しい熱量を感じさせながら炎熱が通り過ぎる。


(よし、このまま……)


 攻撃を回避し、あとは距離を詰めるのみとリュウは少女の方へと飛び出した。だがその瞬間、彼の左目の視界の端に赤の光が映る。


(っ、そんなことができたのか……!)


 赤の光は、リュウが避けたはずの火炎だ。少女の発したその火炎は、何故か進行方向を転換し、リュウに向かってきていた。先ほどまでは直線的にしか動けず、狙いを外せば消えるだけだった火炎が、突如として意志を持っているかのように動いてリュウを追ったのだ。想定外の出来事に、リュウは反応が遅れる。


(ぐっ……)


 既に地面を蹴って体を前に打ち出していたリュウは、すぐに体勢を直すことができない。どころか、急激に危険が迫ってきたことによる焦りによって彼は足をもつれさせてしまう。倒れそうになる体を地面に手をついて支え、すぐに顔を上げた。火炎は、最早躱せない距離にまで迫っていた。


(まず……)


 命の危険を前に何か手はないかと思考を回転させるリュウ。だが、今の状況は自分一人でどうこうできる領域を超えてしまっている。身を焼かれる前にその考えに達した彼は、覚悟を決めるように目を閉じた。

 だが、リュウが自分の命を諦める覚悟をしたその瞬間だ。彼が倒れているすぐそばの木の陰から、人影が飛び出した。カスミだ。彼女は素早くリュウに接近すると、彼の衣服を強引に掴み、そのまま地面を尋常ならざる力で蹴った。大地に明確な跡を残すほどの力で体をその場から発射させたカスミは、リュウと共に火炎から大きく逃れた。狙いを大きく外した火炎は何度も進行方向を曲げることはせず、そのまま数粒の輝く火の粉のように消えていった。


「な、なにが? カスミ、それに……」


 リュウが異常に気付いて目を開き、少女の方へと目を向けると、そちらにはレプトが現れていた。彼は少女がリュウ達に対して追撃を加えようとしてかざした右手を払いのけ、気を引いている。少女は、自分のもとに急接近した外敵に驚愕と焦燥を顔に浮かべ、数歩だけ距離を取って炎をレプトに飛ばした。それをレプトは寸でのところで飛び退き、避ける。


「やばっ……」


 レプトは明確な命の危険が眼前を過ぎ去ったのを目に、冷や汗を額に浮かべながら少女から距離を取る。そして、そのままリュウとカスミがいる場所まで下がってくると、未だに体勢を崩したままのリュウを見下ろす。


「危なかったな、リュウ。いつでも出られるように準備しててよかったぜ」

「あ、ああ……ありがとう、レプト、カスミ」

「いいわよ。でも、今は礼なんて言ってる場合じゃないでしょ、ほら立って」


 感謝の言葉を受け取りながらも、カスミは手早くリュウの手を取って立ち上がらせる。彼女の言葉を受けて、リュウ、それにレプトは改めて気を入れ直し、少女の方へ目を向けた。


「あれは……」


 目を向けると、少女の様子は先と異なっていた。

 彼女は、頭を右手で抱えていた。表情は苦痛の一文字に尽きる。眉間の辺りに深くしわが刻まれ、目は固く閉じられている。口は大きく開かれ、肺全体を使うような激しい息をしていた。そして、少女にはもう一つ大きな変容があった。


「涙?」


 少女は苦悶の表情を浮かべながら、その双眸から涙を流していた。汗や、痛みなどから来る涙という見方もできるが、それを見ていたリュウは直感的にそれらとは違うと感じた。ただ、リュウはその涙を見てある一つの衝動を覚える。少女の涙の訳や、その衝動が起きたハッキリとした理由を掴むことはできなかったが、ともかく、リュウはその感覚に従う。


(早くしないとまずい……)


 強く背を押されるような義務感と焦りから、リュウは駆け出した。制止の言葉をレプトとカスミがかけるが、彼はそれを無視して少女の元へ走り寄る。

 すぐに、彼は少女のすぐ目の前まで接近した。少女は俯きながらも自分の足元に己以外の影が入ってきたのを見止め、苦痛を振り切って攻撃態勢を取る。だが、攻撃に必要な手を上げる動作はリュウに両の手首を掴まれて阻まれる。


「ぐ、ぅぅ……」


 少女はうなり声を上げて暴れ、リュウの拘束から逃れようとする。だが、二人の腕力の違いは明らかだった。リュウは少女が自分の腕から逃れないようにしっかりと彼女の手首を掴んだまま離さない。そのことが、少女に一時的にではあるが能力を使うことを忘れさせ、拘束から逃れることを第一にさせてその行動を割かせる。

 その隙を突くように、少女の背後の木に隠れていたジンが体を出し、彼女に急接近した。音をほとんど立てない彼の接近は少女に全く気取られることはなく、そのままジンは手に持っていた注射器の針を少女のうなじ辺りに刺した。


「ッ!」


 突然の痛みに少女は体を強張らせる。だが、何故か注射器の針が首に刺されると彼女は暴れることをやめ、体をピタリと硬直させた。理由の知れない動きではあるが、ジンは構わず注射器の中の安定剤を全て少女に打ち込んだ。投与が終わると、彼は注射器を抜いて後ろに下がり、少女から距離を取る。リュウは念のため少女を拘束したまま動かず、離れた所に立つレプトとカスミもその動向を見守る。

 少女は、しばらくピクリともせずに固まっていた。だが数秒の後、人形の糸が切れ、骨組みが抜けたかのようにガクンと前に倒れそうになる。リュウはそれを支え、少女の顔を見た。彼女は意識を失っているようだった。荒い息はまだ残ってはいるものの、目は閉ざされ、起き上がる様子はない。


「……大丈夫、気絶してる。多分しばらくは起きない」


 リュウの作戦は、一行から誰も怪我人を出さずに完了した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ