危険な試み
数十分にも思える数十秒が過ぎ、危険な存在から距離をおいたことで安全を確信したレプトはすぐ隣にいるリュウを睨んで言う。
「お前……あんな危険なことをする奴だなんて思ってもみなかったぞ」
レプトが言っているのは、リュウが小石を投げることで少女の気を引いたことについてだろう。
レプトの指摘にリュウは苦笑しながら、先の行為の必要性を説明する。
「僕がああしたのは、あの子がどんな状態で、どんな力、どの程度の力を持っているかを見るためだよ」
「つっても、見つかったらヤバかっただろ」
「彼女のあの様子を見るに、見つかったとしても走って逃げれるさ。まあ、最初の攻撃をかわす必要はあるだろうけど」
リュウは自分の行為が誤っていたとは思っていないらしい。彼には彼なりの考えがあって先ほどの行為に及んだのだろう。
だが、目の前に迫る危険が遠ざかったことで冷静になったレプトとリュウに反し、カスミはひどく動揺したままのようだった。木の陰から出るなり、彼女は目を大きく見開いたまま、一人の人間が焼け死んで倒れた方へとゆっくりと歩を進めていった。現状が信じられないのだろう。
ただ、そんな彼女の肩にジンが手を置いて止める。
「見る必要はない」
「……でも」
「精神を乱すだけだ。今ですら危ういのに、自分から進んで心に傷をつけに行く必要はない」
「……うん、分かった」
ジンはカスミの精神状態を案じて彼女の行為を止めた。カスミは十代半ばの少女だ。レプトのように非常の人生を歩いてきたわけはないのに最低限の冷静さを保てているだけでも凄まじい精神力だ。しかし、だからといって傷がつかないわけではない。気遣った故のジンの断固とした口調に、カスミは素直に従い、後ろに下がった。
ジンはカスミの代わりに焦げた草むらの中に人が倒れていった方へと向かう。そして、地面に膝をついて周囲を見回す。
「……これは、ひどいな」
数秒もかからずにジンは死体を発見した。その様は惨く、目の前にすれば多くの者が直視できないような有様であった。かつての経験のためか、ジンは冷静にその死体の状態を観察する。
「この制服は……」
地面に横たわった死体の様子を見て、ジンはあることに気付いて眉を寄せる。
ただ、そのことについてジンが深く思案するよりも前に、彼の背にリュウが声をかける。
「ジン、いいかな。できるだけ早くあの子を何とかしたい。動くのが早い方が追跡も楽だしね。大方だけど、僕の中ではどうするかが決まったから、聞いてくれないかな」
「ん、ああ……」
ジンは倒れた男について調べたり考えたりするのをやめ、立ち上がって振り返る。後ろでは既にリュウがレプトとカスミに声をかけて自分の話を聞くように促していた。三人の視線を受け、リュウは少女の消えていった方向を見ながら話し始める。
「まず、先に聞いておきたいんだけど、ジン。あの子はさっきの安定剤、とかいうので落ち着くんだよね?」
「恐らくな」
「その安定剤って、ちゃんとあの子に近付かないと使えないよね。近付けたとして、どのくらい時間を取るかな」
「三秒……くらいだろうな。効果がすぐ現れるとは限らないが、少なくとも中の液体を投与するまではそのくらいだろう」
「なるほどね」
リュウは自分の頭の中に思い描いている何かしらの策と噛み合わない所がないよう、先にあやふやな点を潰していく。しばらく頭の中での整理が終わると、再び彼は三人に説明を続けた。
「見た限り、彼女は大分単純な動きをしているみたいだ。自分に危険を及ぼす可能性があるものを徹底的に排除しようという風な動きをしている。ただ、その警戒の程度が尋常じゃない」
レプトは先ほどの少女の行動を思い出しながら、リュウの話に相槌を打つ。
「さっきはお前が石ころ投げた音だけであそこまでやってたからな」
「その通り。まるで繁殖期の獣、いや、それを大きく上回る警戒度だ。それに、あの能力。一回も受けることはできない。だけど……」
リュウは人差し指を立てる。
「あの子には二つ大きな欠点があるみたいだ。それを利用して、彼女に何とかその抑制剤を打ち込む」
「……その欠点って何?」
リュウの言った少女の持つ欠点というのが頭に浮かばなかったのだろう。眉を寄せてカスミは彼に問う。そんな彼女の疑問に、ジンがリュウに確認するようにして答えた。
「体力がないこと。それに、判断力が著しく低いこと、だな」
「そうだね」
ジンの言葉に頷いて、リュウは口元に指を当てて少女のことを頭に浮かべる。
「あの子は一度あの力を使ったら、すぐに息切れしていたみたいだ。僕達が来る前に既に力を使っていたようだから、一度で全部出し切るという風に安易に見ることはできないけど、長持ちはしないように見える。それに、レプト」
「ん?」
「僕が投げた小石だけど、彼女は音のした方に能力を使うだけで済ませた。おかしいと思わないかい?」
リュウの問いに、レプトは首をひねりながら答える。
「……まあ、普通なら周りをもっと確認するだろうな。さっきお前が言ったように、周りに敵がいないか気を張ってる状態なら尚更だ」
「そう。外敵の排除が目的なら、敵の倒れている姿を目で見たりしないと完全には安心できないはずだ。だけど、あの子はそうしなかった。そうしようとすらしなかった。別の目的を急いでいる風でもなかったのにすぐに別の方向へ向かっていったのは、彼女の判断力が現状とても低くなってしまっているからだと思う」
リュウは先ほどのやり取りで推測できることを説明する。全員に自分が得た情報を共有すると、三人の顔を見回してから彼は話を次に進める。
「安定剤、だっけ。あの子の欠点をついて、どう打ち込むか、それを考える必要があるんだけど……策はある」
リュウは既に作戦は用意してあると言う。それに三人は驚いて彼の方を見た。
「もうそこまで考えていたのか。さっきの観察眼といい……」
「別に。狩りみたいなものだよ。あの子はさっき言ったみたいに判断力が大きく欠けた状態だし、獣にするようなのを流用するだけさ。すごいことじゃない」
ジンの感嘆の言葉をリュウはそうでもないと謙遜して流す。そうしてから、先に言っていた自分の策について、人差し指を立てて手短に説明する。
「彼女が能力を使えなくなるくらいまで疲れさせるんだ。そうして、安全を確認してから安定剤を使う。そうするには、能力を誘い出して避け続ける囮が一人、安定剤を使う人が一人、他二人はもしもの時のための予備……ってところかな。囮役以外は、基本的には木の陰で隠れておく」
流れるようにリュウは自身の考えた策の全貌を露わにした。ただ、急場でつくったということもあり、その策は完全とは言えないものだ。
「そんなうまくいくか? それに、疲れるまでそんな時間はないにしても、命の危険があることには変わりねえ。囮役なんて、絶対危ないだろ」
ただ、問題がないわけではない。レプトはそこを指摘する。
彼の言う通り、もちろん、少女がいくら欠点を抱えているにしても、囮役は命を危険に晒される。短い時間であろうとそれは確かだ。その大きな穴が、レプト達三人の納得を留める。
だが、三人が深く考えるより前にリュウが先に口を開いた。
「囮役は僕がやるよ」




