肌で感じる熱
目の前で人が死んでいく、いや、殺されていく光景を見た四人は、ともかく眼前の惨状をつくりだした者に見つからぬよう木の陰に隠れ続ける。
「人が……焼けて」
声を出してはならないと分かっていながら、カスミの口は驚愕のあまり一人でに動いてしまう。だが、その喉から出たのは恐れによって掠れた小さな声だったため、眼前の少女は気付かなかった。
その少女、人が目の前で焼け死んだのを見ながら何の動揺も見せなかったその少女は、一行の目線の先でただ立ち尽くしていた。何をするでもなく、黙ってその場で呆然としている。その様子はさながら人から意志を抜き取った抜け殻だ。不必要を限界まで割いた白の服と、それとは対照的な真っ赤な髪が、彼女の纏う不気味さを助長している。加えて、その少女は栄養状態が素人目から見て分かるほど悪かった。頬がこけているのが遠目からでも見え、露出する薄肌色の腕や脚が細い。少し力を加えれば折れてしまいそうだ。
「あいつ、一体何をして……」
レプトは少女に気付かれないよう最大限の注意を払いながら、彼女が何の目的で今ここにいて、何故眼前の人物を焼いたのか考える。そんなレプトの言葉に、隣に立つリュウは同じように小さな声で、少女からジッと目を逸らさないまま言葉を返す。
「重要なのはとりあえずそこじゃない。今は、あの子がどんな力を持っていて、どんな行動原理をしているのか……そこを知るべきだ」
言いながら、リュウはいつの間にか右手に持っていた何かを握り締める。その仕草を目に留めたレプトは、すぐにリュウの手に視線を寄せる。彼が持っていたのは、森ならばどこにでもあるだろう拳ほどの大きさの石ころだ。
「おい、それで何をする気だ」
レプトは反射的にリュウに問う。すぐ目の前に大量の爆薬があるかのような緊迫したこの状況において、他人が自分の理解できない行動を取ろうとしているのは恐怖だ。
そんなレプトの問いに答えず、リュウはすぐに行動を起こした。右手に持った石を、おもむろにフッと虚空に放り出したのだ。方向は一行がいる木の陰とは全く違う方向だ。
「ちょまっ……!」
レプトがリュウの動きを止めようとしたのは、既に小石が土に着地し、トサ……という音を立てた時だった。物音の立たない森の静寂の中に、不自然な音が一つ響いた。
その瞬間だ。
「ッ!!」
赤髪の少女が小石の音に反応し、目を見開く。弾かれたように体の向きを音の鳴った方へ向け、次いで右腕を振り上げた。そして、右の手の平を小石が着地した方向へと向ける。
その時、異様な光景がレプト達の目前に広がる。少女が開いた右手の先の虚空に、パチパチという火花が散ったのだ。その火花は、最初はただの光の筋のようだったが、その形状は一瞬にして姿を変える。白や赤の光の線が少女の手の先に瞬く間に集約し、橙色の球形になったのだ。その球形はまるで小さい太陽のように明るい。ともすれば美しくも見えただろう。
だが、その形を留めたのは刹那の間のみであった。光の線で球形が形作られたかと思ったその時、それは着火した爆薬のように弾け飛んだのだ。爆発したそれはその小さい体積からは想像もできないほどの轟音と共に、激しい爆炎を巻き上げた。発生した炎は少女が手を向ける方向へ従い、まるで火炎放射器のように辺り一帯の草木を焼き払った。その勢いたるや凄まじく、少しでも緑を撫でれば、そこには直ちに火炎が通った跡の黒のみが残った。
これが、少女の能力だろう。レプト達は身を隠しながら彼女が能力を行使する様を見届け、その威力に目を見はった。
「…………」
他の存在には気付かず、少女は五秒ほどその能力で自身が警戒を向けた箇所を焼くと、見切りをつけたのか、右腕を下ろす。同時に、彼女の能力で巻き上がっていた火炎は一瞬にして消滅した。残ったのは真黒の炭のようになった草木のみである。
「凄まじい威力だ……一度かするだけでも、ただでは済まない……」
ジンは少女の能力を目の当たりにし、額に一筋の汗を浮かべる。レプト達も同様だ。
目の前の少女が持つ力に恐れを抱き、一行は当初の目的を遂行しようと動きを起こすことができなかった。もちろんこの場で全てを完了することが必須なわけではないが、それでも今のやり取りと、彼女が人を殺していたという事実が、四人の気勢を大きく挫いたのは確かだ。
ただ、そんな時だ。恐れの対象であった少女が、突然に妙な動きをする。
「あれは……」
よろめき、膝をついたのだ。倒れぬように手を地面に置いて体を支え、息が上がっているように見える。そして、先ほどまで無表情だったその顔には歪みがあった。
「怖がっている……?」
リュウは少女の顔の歪みを、恐れだと感じた。
次第に少女は息を整え、立ち上がる。その時には既に表情の歪みはなくなっていた。そのまま彼女は多少のよろめきを伴いながら、レプト達のいる方向とは全く別の方向へ歩いていく。一歩の幅は狭く、動かす間隔も長い。ただ、着実に彼女は元いた場所から離れていく。張り詰めた緊張も相まって、一行にとっては気の遠くなるような時間だったが、少女は四人の視界から消えていった。




