表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
391/391

きっと生きて

「はぁッ……はぁッ……く、ん……はぁッ……!」


 重傷を負ったカスミを背負い、ミリィは走っていた。自身の背中に刻まれた傷が痛みを訴えるのも、過剰な運動に疲れを主張する体も無視して、彼女は走り続ける。ただ、助けようと決心した人を絶対に助けるために。

 鵺とフロウがソーンと相対してから、彼女は脇目もふらずにカーダの街を走り続けた。そうして、彼女の足が覚束なくなり、明確な不調が体に出始めてきた頃のこと。ミリィは前方にしばらく行ったところから多くの人の話し声が聞こえてくるのに気が付く。必死で走っていて意識するのが遅れたが、顔を上げて見てみれば、そこには病院があった。カーダの街を襲った喧騒によって負傷した人々と、それを管理しようとする病院側とでそこには人だかりが出来ていた。


「はッ……や、やっと……」


 粗く見回した所、怪我を訴えている人々の中には背負っているカスミ以上の負傷を負っている者などいなかった。これならば、カスミを優先して治療してもらえるはずだ。ミリィはすぐに病院の入口へと向かい、中に入ろうとした。しかし、彼女の行く手を人混みが阻む。


「す、すいません。通して……うぅっ、ケホッ……」


 人々が考えているのは自分や自分と近しい者達のことだけだった。無論、重傷の患者を見かければそれを優先する良識など皆が持ち合わせていたが、彼らの目下の目的は自分達のこと。背後から小さい声で話しかけてくるミリィの声など聞こえていないようだった。ミリィ自身も彼らに道を開いてもらおうと声を上げようとしたが、彼女とて背中にナイフを突き立てられた体を背負っている。そんな体で二人分の体重を背負って走ってきたのだから、大きい声を上げようにも、彼女の血に汚れた喉からは掠れた音しか出てこなかった。


「大丈夫か?」


 ミリィが声で人々の気を引くのを諦め、体当たりするなり別の手立てを探そうとしていた時だ。立ち往生していた彼女に声がかけられる。メリーだ。白衣を身に纏っていることから、リュウを運び終えるのは終わったらしい。

 ミリィはメリーのことを目に留めると、大きな安堵と共に息を吐き、必死に声を上げる。


「メリー、さん……助かり、ました」

「……どうして私の名前を? いや……」


 言葉を落とすのと同時に、ミリィは地面に膝をつく。その瞬間、メリーの目に変わり果てた仲間の姿が目に入った。


「か……カスミッ!! 一体何があったと……」


 ミリィに背負われた、血まみれのカスミ。転送装置の前で見た時とは度合いが違う。ぐったりとその頭をミリィの肩に預け、口から血を流すその姿を前に、メリーは思わず動揺を露わにした声を上げた。


「は、早く……」

「……! 分かった。私に任せてくれ」


 メリーが意識を直に掴んで揺らすかのような衝撃に襲われる中、ミリィが声を上げる。彼女の言葉に冷静さを取り戻したメリーは、すぐにミリィの背からカスミを受け取る。その瞬間、メリーの目は確かに、ミリィの背中の傷を捉える。既にカスミの血で背中全体が赤く染まっていたが、ある程度医術に心得のあるメリーはすぐにそれに気が付いた。


「そんな傷で、カスミをここまで……恩に着る」


 メリーは小さい声で地面に蹲る少女に礼を言うと、病院の入り口の方へと向き直り、声を張り上げる。


「どいてくれ!! 重傷の患者だ!! 誰でもいいからその子も連れて来てくれッ!!!」


 メリーの声が辺りに響き渡ると、病院の前に出来ていた人の塊はどんどんと解けていく。道が出来上がると、メリーはすぐにカスミを背負ったまま病院へと駆けこんでいく。少しでも背負った仲間の命が繋がるように。

 その背を、カスミの背を、ミリィは後ろから朦朧とする意識の中で見つめていた。既に疲労と傷からの出血のせいで、眼球が捉える視界の全ては二重にだぶり、揺れ動いている。やがて彼女の両肩を掴み、病院へと運んでいく者が現れた。そんな中でも、ミリィは前方で離れていくカスミの背から視線を外すことはなかった。


(きっと、生きていてください。そしたら、いっぱい話したいことがあるんです。あなたがあの迷いなき決意をするまでのこと、見ました。でも、カスミさん。その冒険を、あなたの口から聞いてみたい……あなたを変えたこれまでの出来事を……)


 遠くなっていく意識の中、メリーが必死に医者を探している声が響き渡る。


(そして改めて伝えたい。……あなたのおかげで、勇気を持てたって……)


 閉じていく意識の中で思い起こされるのは、凶刃に襲われるカスミを咄嗟に庇った時のこと。だが、ミリィのその記憶に、痛みや、出血による虚脱感などというものは一切なかった。そこにあったのは、確かに感じていた恐怖を乗り越えて、自分の心がやるべきだと命じたことに逆らわずにいられたこと、それに対する喜びだった。


(できること、してよかった……)


 不安とは程遠い、温かな感情に包まれながら、ミリィの意識はゆっくりと閉じていった。









 多くの人の命、その運命を宿した一日が終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ