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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
エルフの里と臆病な灯
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業火の少女

 外に出たレプト達を、朝の陽光が迎える。だが、朝の森の清々しい匂いは皆の鼻に入ってはこなかった。彼らを出迎えた香りは、草木の青い香りに混じる焦げ臭さだった。加えて、それだけでも異質だというのに、周囲には更に普通の森とは思えない異様があった。四人のいた建物の周りの草が、辺り一帯に渡って焦げていたのだ。


「昨日の匂いはこれか。痕跡がここまで残っていたとは……」


 ジンは外に出てその有様を見止めると、屈んで地面の様子を近くで見る。地に生えていた多くの緑はそのほとんどが焼かれ、茶や黒に色を変えていた。所々元の形状を保持している部分はあるが、大部分がその形を崩されている。


「見て。こっちは全く燃えてないわよ」


 ジンとは少し離れた位置を観察していたカスミは、彼とは違う異様な点を目に留める。それは、草木が燃やされて暗い色になっている部分と、そうでない緑の部分とがあまりに綺麗に分かれていた箇所があることだ。その境界線はあまりに明確で、まるで子供の塗り絵のようにハッキリ違いが分かる。自然に火が治まっていくのなら次第に消え行くように、その間はグラデーションのように曖昧なものになっているはずだ。

 カスミの横に立ったレプトがその様子を見て口を開く。


「すげえ精度のいい能力らしい。火を出したり引っ込めたりするのが相当に自由自在じゃなきゃ、こんなことにはならない」

「……昨日の夜にはこれが見えなかったの?」

「俺の目は夜でも見えると言っても、色までハッキリ見えるわけじゃないからな」


 レプト達は周囲の様子を確認しながら、自分達が相手をしようとしている存在がどのようなものか、各々、多少の不安に駆られる。

 そんな中で、リュウは背後に立つ建物を振り返りながら三人にこの森に残った痕跡について話す。


「僕が里を出たのが今朝の明け方。最初に痕跡を見つけるまでには手こずったけど、一つ目を見つけてからこの建物にたどり着くまでは早かった。多分だけど、その実験体だったっていう子の動きが単純だからだ。だからこそ、僕はこの火事の跡が魔物のものなんじゃないかと思ってたんだけど……」


 リュウは自分の見解を話しながら屈んで焼けた草に触れ、森の奥へ目をやる。


「きっとその子を見つけるのには苦労しないだろう。これだけ分かりやすい足跡を残しているんだ。きっとすぐに……」


 リュウは腰を上げ、早速行動を始めようとした。

 その時だ。


「ああああぁぁッ!! あああぁぁぁぁぁぁーーーー…………ぁ……」


 心臓を冷やすような男の悲鳴が森を走る。それは最初、耳を突くような音で聴く者の注意を集めた後、次第に溶けるように消えていくことで強い違和感と警戒心を与えた。

 レプト達は周囲の痕跡を探る動作を止め、声のした方向へ一様に目を向ける。


「おい、これは……」

「一体なんなの?」


 レプトとカスミは声が完全に消え去ると、連れ立った面々に目をやって各々の反応を見ていた。そんな二人とは反し、ジンとリュウは冷静なまま声の聞こえてきた方向へ目を向ける。だが、二人とて心が穏やかなままという訳ではない。リュウは腰の帯に提げた刀の鞘を握り、ジンは自分が守るべきレプトとカスミの方へと目線は変えずに歩み寄った。

 声が聞こえてしばらく、リュウは三人を振り返って言う。


「行こう、嫌な予感がする」










 四人は声の聞こえた方向へと駆けて向かった。言いようのない不安が後ろをぴったりと張り付いてついてきているのから逃げるように走った。普段ならば気持ちを落ち着けられるのだろう緑の森の景色は今や、奥まで見ても景色の変わらない、先の見えない不安をあおる景色のように見える。

 しばらく走ると、周囲の緑の様子に変化が訪れてきた。所々にあの建物周辺で見たような草木の燃えた跡があるのだ。一行はそれに気付きながらも、悲鳴の聞こえてきた方向へと迷いなく駆ける。

 そうやって、彼らが一心不乱に走っているその真っ最中だ。


「熱いッ!! やめてくれええぇぇぇぇーーーーッ!!!」


 先ほどよりも近く、大きい悲鳴が一行の耳に飛び込んでくる。一つ目の悲鳴とは違う声だ。


「さっきよりも近い、行こう!」


 先頭を走っていたリュウはすぐに方向を定め、足の動きを再開した。レプト達もそれに続く。

 そうして走ること、数十秒。草木の焼き焦げた痕跡以外の変わり映えがない緑の光景に、明確にそれと分かる異質なものが四人の視界に飛び込んでくる。

 それは草むらに立つ一人の少女と、その傍に立っていたもう一人の人間が倒れいく光景だ。倒れていく人間は黒い服を着ていた。だが、その服は原型をとどめておらず、至る所が破け、焼き焦げていた。そして、その服の損傷の隙間から除く肌は、最早人のものと言える状態ではなかった。レプト達の立っている場所は遠く、仔細を見ることはできないが、黒い。重度の火傷だろう。肌色は残っていない。それは服の下にあっただろう箇所だけではなく、その人物の顔や手足にさえ至っていた。細部を見れないのは一行にとって幸いだったかもしれない。その人物は既に意識がないらしく、膝ほどの高さの草むらに、その体は少し力を加えたドミノのようにゆっくりと倒れていって見えなくなる。こときれていると見て間違いないだろう。


「ひ、人が、死……!」


 カスミはその光景を見て、思わず声を上げそうになる。だが、その彼女の口を押え、ジンが彼女を体ごと引っ張る。そして、すぐ傍に立っていた木の陰に身を隠した。同様に、驚愕で声も上げることができずに固まっていたレプトをリュウが押し込むように近場の木へと放り込み、自分もそこへ飛び込む。二組は別の木の陰に隠れた。

 彼らが身を隠したのは、先ほどに見た惨状の中にもう一人立っていた少女の視界に入らないようにするためだ。


「あの子が……」


 リュウは木の陰から少しだけ顔を出し、その少女を詳しく観察する。

 少女は、先ほど倒れた人物のすぐ傍に立っていた。その装いは奇妙と言う他にない。まるで死に装束のような、真白の布一枚を接ぎ合わせてやっと服になったかのようなものを身に纏っている。そして、その真白と対照的に髪は燃えるように赤い。頬は痩せこけ、翳りが見える。ただ黙って立ち尽くすその彼女の目は淀み、何を映しているのかまるで読み取れない。

 周囲には鼻の奥に無理矢理割って入ってくるような強い生臭さと、焦げ臭さが広がっている。それは普通の生活からはあまりにもかけ離れた匂いだ。そして、この場には少女以外に先ほど倒れた人物と、最低でももう一人、先ほど悲鳴をあげた人間がいた。なのに、今現在は少女しか立っていない。そして、彼女は目の前で人が倒れていくのを何の驚きもない無表情で見つめていた。

 これらの状況が示す事実は一つだ。


「彼女が……やったのか」


 一行の誰もが気付いたことを、リュウは声を押し殺して呟いた。

 エボルブの実験体となった少女は、人を焼き殺していた。四人の前に立つのは、人の意を解さぬ化け物とも言えるだろう少女だった。


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