行動開始
「……ということだ」
レプト達三人は事の経緯を近場の椅子やソファに座って話した。ジンの説明に足りてない部分があればレプトかカスミが補足し、リュウが分からないと言う部分があれば理解できるように説明し、しばらくの時間が過ぎた。話の大まかな内容を把握したリュウは、口の辺りに手を持ってきて深く息を吐く。
「大方は理解できたよ。つまり、ここでひどい目にあっていた特殊な力を持つ子が、危険な状態でこの森を歩いているってことだね」
「詳しい状況は推測でしかないが、その通りだ」
リュウの確認の言葉にジンは頷いて応える。自分が探していたものの答えを得たリュウは大きく動揺しているようだった。
「街に何度か出て、噂話でそんなようなことをする人達がいるとか多少は聞いたことがあったけど……。それに、ただ退治すればいい魔物とはまた対応も違ってくるか。命を奪うなんて、そんなことをするわけにはいかない」
彼はこの事態にどう対処していいかを悩んでいた。刀を所持しているところから彼は何かしらの荒事を想定してきたのだろうが、武力が解決する状況でもない。
思案するリュウに、ジンが声をかける。
「自分の目で見た訳ではないから確実ではないが、件の子を傷つけずに大人しくさせる手段がある」
「ん、そんなものが……?」
「ああ、こいつだ」
ジンはこの建物内で実験台にされていたという少女を鎮圧するための手段として残されていた注射器の入ったケースを懐から取り出す。リュウはそれを見ると、ゲッ、というように顔をしかめた。
「見たこともない道具だな、都会の?」
「ん、いや別に都会の道具というわけじゃないが……どうした?」
ジンの言葉を受けても、リュウの眉間からはしわが消えない。彼は額を抑えてうなり声を上げる。そして、彼は自分が頭を抱える理由を苦々しい表情のまま三人に吐露する。
「いや、僕達はものすごい古い習慣と考え方を、必要以上に大切にする人が大半でね……。里には、よほどのことがない限り外の街へ出ちゃいけないなんていう規則もあるくらいだ」
リュウは部屋の周りを見渡し、深くため息をついて続ける。
「例に漏れず僕もそういう生き方をしてきた。だから、都会の知識に疎いんだ。建物に入って急に明かりがついた時は死ぬかと思ったよ。ここの扉を開けるのも一苦労したしね」
里の扉は大体横に引けば開くから、とリュウは付け加えた。エルフというのは事前知識の通り、間違いなく閉鎖的な亜人らしい。
ただ、リュウの話を聞いて何か疑問に思う所があったのか、カスミが眉を寄せる。
「ねえリュウ、アンタ、さっき街に行ったとき……みたいなこと言ってなかった?」
カスミが気にかかったこととは、リュウの発言の矛盾だった。彼女の指摘に、ああと声を上げてリュウは答える。
「それは里から人目を盗んで抜け出したんだよ。外への興味を抑えられなくってね」
「へぇ……アンタって結構やんちゃなのね」
「あはは。まあ多少ね」
リュウはカスミの言葉に軽く笑った後、すぐに真剣な表情に戻って言う。
「ともかく、これじゃ僕一人で問題を解決できそうにない。できたとしても、その女の子に怪我をさせちゃうかも……そこで」
そこまで言うと、リュウは改めてレプト達に向き直る。そして彼らの装いを一度上から下まで見直した後、三人に頼み込む。
「手伝ってくれないかな。見た所、ただ旅をしているってわけじゃないんだろう? 剣を持っているし、多少は腕に覚えがあるんじゃないかな。もちろん、この頼みを受けてくれたらお礼はするよ」
リュウは腕が立ちそうだと判断したレプト達に協力を要請する。
ジンは、そんなリュウの言葉の中に気になるキーワードがあったらしく、眉をピクリと動かす。
「礼……か」
ジンの様子などは全く見ていなかったレプトとカスミは、二人で顔を見合わせる。彼らの答えは一致しているようで、目が合うとお互い口元に笑みを浮かべた。二人はリュウの方へ向き、すぐに返事を出そうとする。
「もちろん……」
「協力する……」
だが、レプト達が最後まで言い終えるその直前、ジンが二人の頭を後ろから小突いて黙らせる。
「待て」
「ああん?」
「急に何よ」
ジンは二人が苛立たし気に振り返ってくるのに対し、落ち着いた口調で自分の行為の意図をリュウには聞こえないよう小声で説明する。
「お前らどうせ、助けるのは当然だぜ、とか言って礼はいいとか言おうとするだろ」
「……何が問題なんだよ」
「奴は礼をすると言っているんだ。申し訳なくならない程度に引っ張って、礼の質を上げてから協力すると言った方が利益になる」
「え……ジン、アンタそういう考え方する奴なの……?」
ジンの言葉に、カスミは心底ドン引きしたように顔を青ざめさせる。レプトはというと、呆れたようにため息をついている。そんな二人を前にして、ジンは当然だと言うように全く悪びれる様子もなく話す。
「俺達は常に余裕がない旅の最中なんだ。安定した収入もない。だから、こういう機会に多少でも金やら何やらを温存しておく必要があるんだ。別に誰かを傷つけたり、盗んだりしてるわけじゃないからいいだろう」
「…………まあ、好きにすれば」
ジンの言っていることは、間違ってはいないだろう。ただ、単純に薄汚い。カスミは彼の言葉を受けても彼の考えに納得できず、白い目で彼の顔を見つめた。レプトは彼女とは反し、諦めたように首をすくめている。
そんな二人を背に、ジンはリュウの方へ顔を戻す。
「大丈夫かい? 何か問題でも?」
リュウは、突然に小声で話し合い始めた三人に何かあったのかと心配そうな表情をしていた。そんな彼に向かい、ジンは咳払いをしてわざとらしく言う。
「ああ。さっきの頼みだが、協力してやってもいい」
「助かるよ。この恩は忘れない」
「ただ……」
「ん?」
ジンは問いに対する返事をした後で言葉を濁す。そして、ため息をつきながら自分達の状況について話す。
「リュウ、お前が言ったように俺達はただ旅をしているわけじゃない。詳しい事情は話せないが、厳しい旅をしている」
「なるほど……それで?」
「正直な所、ギリギリの状態で旅を続けているというのが現状だ。だから……」
ジンがそこまで言うと、リュウは何かを察したのか、手を上げてジンの言葉を遮る。そして、ジンの目を真っ直ぐ見て言う。
「そんな時に僕みたいな他人を助けようと頼みを聞いてくれるなんて、君達は本当に優しいんだね。分かったよ。この問題を解決したその時には、僕に出来る限りのもてなしをするよ」
どうやら、リュウはジンの言葉を真に受けたらしい。ジンが心からの善意で頼みを受けたと思っているようだ。
自分の思惑がうまくいったことをリュウの表情からさとり、ジンは微笑んで彼に礼を言った。
「ありがとう、助かるよ」
「いや、こちらこそ」
リュウとジン達の約束はここに結ばれた。ただ、あまり褒められた約束の結び方ではないようだったが。
その様子を後ろで見ていたレプトとカスミは、呆れた様子で小さく呟く。
「反面教師として教わることが山ほどあるわね」
「間違いねえな」
レプトとカスミはジンのやったことをあまりよく思ってはいないようだったが、皮肉として受け流せるくらいには寛容であった。
そんな裏の思惑ややり取りなどは露知らず、リュウはパンと手を叩いて一行の注意を集め、声を上げた。
「じゃあ、外に出て早速行動に移ろう。その女の子はきっとすぐに見つかるよ」




