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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
377/391

打開

「「シフッ!!?」」


 窮地に立たされた三人の目の前に現れたのは、ついこの間に目的を果たし、一行から離脱したシフだった。彼女はリベンジの包囲を外から突き破って見知った顔の前に辿り着くと、二ッという快活な笑みを浮かべて見せた。彼女のそれを見たレプトとフェイは、一切予想もしていなかった人物の登場に目を丸くし、素っ頓狂な声を上げる。そこには、驚き以外の確かな興奮があった。二人のそんな反応が嬉しかったのか、シフは槍を一度脇に下ろして自分がこの場までやってきた経緯(いきさつ)を軽く説明する。


「メリーに呼ばれて来たんだけど、まさかこんな状態になってたなんてね」

「メリーに……?」

「そう。それに、来てるのは僕だけじゃない。ワテルの自警団皆連れてきた」


 予想外の外部からの介入というのは、レプト達以外にとっても変わらない。リベンジ達はシフが引き連れてきた亜人達の戦闘集団を抑えようと奮闘している。フェイ達という敵を包囲していた優位状況が突然ひっくり返ってしまったためか、その動きには拙さがある。三叉路は最早乱戦状態だ。そんな状況を見やりながら、シフはメリーの呼び出しについて改めて触れる。


「なんか、大きな仕事をするから保険でこの街に来てくれ~ってさ。あいつ、それで詳しい事情も話さないで切っちゃったんだ。戦いが必要になるなんて聞いてなかったけど、皆を連れてきて正解だったみたいだね」

「いや……マジに助かったぜ! 来てくれてありがとな」

「恩に着る」

「いや、これはメリーへの恩返しの一つだから。……ま、力に慣れて良かったよ、へへ」


 シフの目線からも予め予想されていた状況とは異なっていたようだが、ともかく、彼女達の登場が無ければ今こうして話せているかもわからない状況だったのだ。レプトとフェイは危機を脱する糸口を引き連れてきたシフ、そして保険を用意していたメリーに心の中で大きな感謝を向けるのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「あいつはクラスのシフ……いや、それよりも」


 外部からの予想もしていなかった介入に動揺するリベンジの中で、セフはレプト、フェイ、アルマ、そしてシフが話しているのを遠目に見ていた。ただ、彼女の目に映っていたのはその四人というより、シフや彼女の連れてきた自警団の介入によって激変した状況だ。今、少なくともリベンジはフェイの断罪へ意識を向けているような余裕はない。彼の拘束を第一目標とすることは、眼前の敵を相手取るということに集中するしかない状況のせいで不可能だ。

 つまり、仲間の、フウの手を家族の血で汚すかもしれない選択肢を取る必要がなくなった。それをハッキリと理解すると、セフは背負っていた斧を右手に持ち、隣のフウに声をかける。


「フウ、お前はお前の兄貴を相手しろ」

「……それは」

「立場どうこう、他の連中が気を回してられる状況じゃあねえ。なら、今しかねえだろ」


 フウは直前まで、自分の兄と再会し、その命を自分で奪わなくてはならない状況に直面し、そしてそれを兄の仲間に止められるという事態に連続して向かい合っていた。更に部外者の介入まで迎え、彼女の思考は遅れていた。セフはそんなフウに喝を入れる。


「そろそろソーンも目的を達成する頃合いだろ。……お前の兄貴の話は信じられねえが、あいつの仲間は信じられる。だから多分、その兄貴も悪い奴じゃねえさ。お前が信じねえで、誰が信じるんだよ」

「…………」

「アタシはあのレプトって奴を相手してくる」


 言うが早いか、セフはフウやパートの反応を待たず、地面を蹴った。彼女が飛び出した先にいるのは、宣言通りのレプトだ。


「ボヤッとしてんじゃねえッ!」

「ッ!」


 シフ達の助けによって一瞬危機感を忘れていたレプトは、セフの声によって身に迫る危険を改めて思い出し、手に持っていた剣を構える。それを確認してから、セフは両手に持った斧を横に構え、レプトに向かって大きく薙ぐ。その威力はすさまじく、レプトが剣を盾にして防御しても、その体ごと路地の奥へ吹っ飛ばすほどのものだった。

 セフの進攻を後ろから見ていたフウは、彼女に言われたことについて、その場に立ち尽くしたまま考えていた。


(ソーンが仲間を殺すなんてあり得ない。兄さんは嘘を言って……でも、それじゃ理屈が……やっぱり私達の仲間を殺したのは兄さんなんじゃ……)


 彼女の思考の揺れは、自らが頭目と慕うソーンへの信頼と、幼い時分を共に過ごした兄フェイへの親愛から来ていた。たった今、多少自由に動くことが可能になったというのに、その葛藤は収まらない。それもそのはず、今のフウは、どちらかを肯定すればどちらかを否定することになる選択を迫られているのだ。


「今、全ての結論をつける必要はない」

「……パート」


 答えを出せずにいたフウの背に、パートが言う。彼は自分が得手とする後方支援に回るため、この場を離れようとしていた。彼はフウに背を向けたままで続ける。


「ソーンのこと、兄のこと、訳が分からないことばかりだ。だがともかく、今の時点で正解を導き出す必要はない。次の機会はきっとある。それに向けて、出来る事、決めたことをすればいい。この時間を大切にしろ」


 伝えたいことだけ口にし終えると、パートはフウ達のことを振り返ることはせず、走って戦線を離脱した。フウもまた、彼のそれやセフのことを目で追うことはしなかった。


(……ありがとう、二人共)


 選択を今、絶対にする必要はない。二人の言葉に背を押されたフウは、決意を胸にして顔を上げる。周囲は乱戦。目の前には、フェイが一人で立っていた。既にシフやアルマも周囲のリベンジ達の制圧に向かい出したらしい。


(そして兄さんの二人の仲間も。本当にありがとう。いくつもの不運と幸運が重なって、今、この時間がある)


 フウはその手に持っていたナイフを改めて握り直す。それと呼応するように、フェイも両手に備えた鎖に神経を張り巡らせた。


(ここからは、いわば誤魔化しのための時間)

(フウは立場上、俺と戦わなくてはならない。なら、それに応じるとしよう。だからこれは一種のパフォーマンス)

(だけど、ただ示しをつけるためだけ、ってのは勿体ないよね)


 兄妹は互いに同じことを考え、同じような意思で向かい合った。数多(あまた)の障害に阻まれ、本音を交わすことは一言ですら出来なかった二人に与えられたのは、刃を交える時間。だが、二人にはそれで充分だった。

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