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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
372/391

時間稼ぎ

「とにかく数を減らします。接敵し次第、即対応を……」


 アルマはレプトとフェイを引き連れ、カーダの街を駆ける。三人はカーダを襲うリベンジを鎮圧しようと、とにかく周囲を回って交戦している痕跡を探し、片っ端から武力で解決しようとしていた。他に連れてきているピースの構成員はそのほとんどがシャルペスの住民の運搬を旨としていた以上、戦力としての期待は出来ない。とあれば、今この場にいる三人か、カーダに元からいる治安維持組織しか状況を解決する者はいないのだ。それをよく分かっているからこそ、アルマは余計な説明などで足を止めることなく、敵を探そうとしていた。

 だが、そんな三人を呼び止める声が通りに響いた。


「止まりな!!」


 三人が丁度広めのスペースを取った三叉路(さんさろ)に差し掛かった時のことだ。三人の足を止めたのは女の声、そして、声の主はすぐにその姿を露わにする。


「随分とまあ奇妙な連中が集まってんな、おい」


 声の主は、セフ。彼女はアルマ達が向かうはずだった道からその体を隠すこともなく素直に現れると、堂々と三人の前に立ち塞がった。その肩には刃を剥き出しにした斧が背負われている。

 彼女の顔に見覚えがあったのは、アルマとフェイだ。そのどちらもが、彼女のことを目にすると一瞬苦い表情を浮かべる。フェイは当然として、どうやらアルマにもリベンジやセフとの間にはいい関係は築けていないらしい。

 セフの言葉に対して、最初に返したのはアルマだった。


「久しぶりですね、セフ。さて、あなたがいるということはパートも後ろで控えているんでしょう?」

「ああそうだ。今、あいつもこっちに向かってる」

「……知り合いか。にしても、やけに素直だな」


 アルマとセフが見知った間柄だというのを二人の間に交わされた言葉で知ったフェイは、二人の背景に一瞬思考を馳せる。そうしながらも、彼は現状のセフの態度に違和感を覚えた。本来なら、セフとパートは近距離と遠距離に位置取って戦う戦術を取るはず。なのに、それを手の内がある程度知られている自分やアルマのような存在がいるとはいえ、白状するというのは妙だ。

 彼の疑問に答えるように、セフは三人に対する明確な敵意を感じさせる声色で次の言葉を発する。


「さて、こっちは手の内明かしてんだ。そっちの野郎のことも教えてもらおうじゃねえか?」


 セフは右手で持っていた斧を下ろし、その刃先を、フードで顔を隠しているレプトに向けた。


「……俺か?」


 レプトは戦闘が発生するまで自分の出番はないと思い、会話の内容自体には注意を深く払っていなかった。それもそのはず、リベンジやピースといった反政府組織の話にはクラスである彼が噛む内容はほとんどない。少なくとも、倉庫でのフェイとアルマの会話には口を挟めるような隙間はなかった。だが、そんな彼にセフは素性を明かすように求める。


「フードを取って顔を見せろ。そんで、名前を言え」

「……分かった」


 戸惑いながらも、レプトはフードを外す。自分の特異な顔を人に見せることに若干の抵抗はあるものの、緊迫した状況下でわざわざ躊躇ってみせるほどのものではない。彼がするりとフードを外すと、半人半獣の顔がその正体を表した。


「レプト、クラスだ」

「……その顔」


 セフはレプトの顔を目の当たりにすると、その両目を丸くして斧を持つ手に込めた力を緩めた。どころか、レプトの顔を見た瞬間、彼女の中にあった敵意を纏う空気は一気に変わる。それは最早、一瞬にして同情というべきものにまで成り代わっていた。彼女は帽子のつばを少し降ろすと、目を伏せてレプトの顔から目を逸らす。


「ワリィ、無茶をさせたなら謝る。もういいぞ」

「……? ああ」


 急な態度の変化に、思わずレプトは首を傾げる。ただ、セフのその言葉や姿勢に嘘のような空気は感じられなかった。何か悪意のようなものを感じるわけでもない以上、レプトはこれ以上顔を晒す必要もないかとフードを被り直す。

 そんな一幕を挟んだ後、敵を殲滅しなければならない立場のアルマは一切の感情を込めていないかのような顔でセフに話を進めるように促す。


「わざわざ不意打ちをせずに姿を現したのなら用があるはずです。あなたのチンケな感傷に付き合ってる暇はありませんからさっさと話を進めてくれませんか」

「……チッ、テメェ……! アタシ達を見殺しにした分際でよくも……」


 アルマの一言は、セフの態度に一息で敵意や怒りといったものを取り戻させる。彼女はその白い歯を剥き出しにして歯ぎしりをし、再び手に持った斧に込める力を強めた。話などはせず、今にでもアルマに飛び掛からんばかりの殺気だ。

 だが、それをセフが発露させるより前に、三叉路に新たな人物が現れる。彼はセフの後ろに立ち、彼女を制止させるようにその肩に手を置いた。


「やめろ、セフ。今重要なのはこいつらの罪を追求することじゃない」

「パート……」


 三人の前に姿を現したのはパートだ。黒緑の髪の奥に暗い目をのぞかせる彼は、自らの能力でこの場に現れるまでその姿を隠していたのだろうか。副作用のためか、彼は厚着に包まれた体を小さく振るわせながら三叉路に現れた。


「遠距離からの戦術を得意とするあなたが敵の正面にまで来る、ということは……」

「戦う気が無い。そういう考えで間違っていないか?」


 セフとパートの戦い方を知っているアルマとフェイは、相対する二人が取った行動の意味について問う。それに対し、パートは静かに頷いて見せた。

 本来、狙撃手であるはずのパートが敵前に姿を現すことなどあり得ない。フェイとの交戦時の時のように、敵が自ら近寄らない限りは。だが、今はこうしてその本身を晒している。これは彼らにとって大きなアドバンテージを自ら欠く行為だ。つまり、元から戦いには来ていない。


「誤解が無いように言っておくが、組織としての目的はアンタ達じゃない。だが、見かけた以上は接触せざるを得ないんでな」

「例の件なら、我々ピースが(あずか)り知る所ではありません。増してや責任など……」

「アルマ、今はあの時に関するアンタ達の言い訳が妥当かどうかなんてどうでもいいんだ」


 パートはアルマの発言を冷たく切って落とすと、その視線をフェイに向けた。その目には、敵意とも興味とも、同情や哀れみとも似つかない感情があった。仲間殺し、仲間の兄、その立場、どれをとってもパートがフェイに向ける感情に明暗を付けることは出来ない。ただ、彼は自分自身のその感情にケリを付けようと、最も彼が気になっていることについて、フェイに問う。


「アンタの名前、フェイで間違いないな」

「ああ」

「……俺がアンタに聞きたいことと、アンタが俺に聞きたいこと、全く同じ事実を示すものがあるはずだ。だから、問いも聞かず、答えてみせてくれ。それが何よりの証拠になる」

「…………」


 パートの言葉は、フェイの記憶の海に波を掻き立てる。そして、彼のその思考は一瞬にしてその問いに、そして答えに辿り着いた。最早、それを改めて確認するまでもない。確信と共に、フェイはセフとパートの顔を見比べながら言ってみせた。


「フウと俺は兄妹だ」


 フェイは言葉の後、その懐に収めていた首飾りをその手に握り、セフとパートの前に差し出した。フェイの手に収まる首飾りは二つ存在していた。以前、フェイ、そしてフウそれぞれが自らの口で自分達家族の形見だと説明したもの。兄妹以外に持つはずのないそれが、今、二本この場に存在している。それの示す事実は一つだった。言葉だけではなく、物的証拠まである。となれば、フェイとフウが兄妹であることは間違いないと言えるだろう。

 この事実を前に、場にいた者達の反応は様々だった。セフとパートの表情は、この事実を期待していたのか、あるいはそうでほしくないと願っていたのか、とにかく真っ直ぐなものではなかった。フェイ兄妹の話を軽く聞いていたレプトは両目を丸め、更にその隣で何も知らない状態で話を聞いていたアルマは眉を寄せてフェイを見つめている。


「やっぱり生きてたんだ、兄さん」


 突如、フェイ達の背後から声が聞こえる。直前まで周囲に気配など感じていなかった三人は、ハッとして後ろを振り返った。黒い癖のある髪、目尻の下がった緩い印象を受ける目。だが、その瞳に含まれる光に甘さはない。

 背後に立っていたのは、フウ。フェイの妹だ。

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