一方
時は遡り、シャルペス中央塔にガスが発生する少し前……
転送装置から順調にシャルペスの住民が送られては、そのまま彼らはピースの人々の手によってシージへと向かうトラックに乗せられていく。作業は始まって一時間弱ほど経過しており、誘導やトラックの進みも流れ作業化してスピードを増していた。
そんな中、装置の設置されている倉庫で経過を見ていたレプト、フェイ、ジア、そしてイルとララは、事が上手く運ぶのを前に気を緩めていた。
「しっかし、意外とすんなり行くもんだな。もう七八割は終わったんじゃねぇ?」
「気を抜くな……と言いたいところだが、ま、もうすぐだしな……」
片耳にイヤホンを入れて音楽を楽しんでいるレプトに対し、フェイは気を引き締めろと言い切ることはしなかった。彼も、しばらく何もすることが無く、平和な時間を過ごせて気が抜けていたのだろう。
「ちょっといいかしら?」
「ん?」
中央塔で起こっていることも知らずに呑気に構えていたレプトとフェイに声がかかる。声の主は、カスミの母親であるジアだ。彼女は不安そうな表情の中に少しの好奇心を混ぜたようなぎこちない表情で二人に問う。
「あなた達と旅をしている時、カスミは……どんな感じだったの?」
「どんな感じって……フェイ、どんなだったよ?」
「こっちに聞くな。俺は途中参加だろ」
「そうだな。う~ん……」
仲間の家族と再会していたというのに、これまで共にいた仲間について語る機会はまるでなかった。ジアからしてみれば、自分やフレイという親がいない環境でカスミが何か妙なことをしていないか、不安だったのだろう。それと同時に、気になるという純粋な気持ちもあったはずだ。
レプトはカスミと初めて会った時から今に至るまでの思い出をザッと頭の中で再生すると、悩むことなく答える。
「カスミと俺が会ったのはほとんど一か月前で、フェイ以外は大体が同じくらいの時間を一緒に過ごしてる。そん中であいつは、なんていうか、頼りになる奴、だったと思うぜ。自分の事でもねえのに手助けしてくれるし、なんか急に人生経験豊富っぽいこと言ったりするしよ」
「そう……問題を起こしたりはしてないのよね?」
「そんなことはねえよ。ああいや、事あるごとに物騒なこと言ったりすんのを問題っていうならあながち間違いでもねえんだけどよ」
「じゃあ大丈夫。アレは元々だから」
「……大丈夫、なのか」
カスミの暴言やすぐに拳を振り上げたりするのを問題ないと笑顔で言ってのけるジアを前に、レプトは何とも言えない引きつった笑みを浮かべた。
そんな風に、レプトがジアに娘のことについて語っている中、その隣にいたフェイはイルとララに質問を投げられていた。
「ねえ、やっぱり外の街ってシャルペスとは全然違ったりするの?」
「ん……まあ流石にああいう街は他にないな」
「じゃ、じゃあどういう街があるんですか? やっぱり、漫画にあるようなファンタジーな場所とかがあったり……」
「俺の見識が狭いのかもしれんが、そういう場所はあまり聞いたことが無い」
「……ガックシ」
興奮を伴った期待を無慈悲に切って落とされたイルは、肩を深く落として沈み込む。そんな彼を不憫に思ったのか、フェイは緩く思考を回し、シャルペスという閉鎖的な場所から見た外の魅力的な場所を考える。
「イルが言ったような街はないが……色々な場所がある。街によって建物の形が違ったり、暮らしている人種も違ったり、全部見切ることなんて出来ないくらいだ」
「そうなんだぁ」
「まあしかし、俺から言わせれば、旅をするのに今言ったようなことを見て回るのは重要じゃない。大事なことはもっと別にある」
「……っていうと?」
「メシだ」
「「メシ?」」
フェイは旅をして様々な街を回ると様々な風景を見られると前置きしておきながら、あまりにも即物的な魅力を挙げ、それについて自信満々に語り始める。
「そうだ。この世界には色々なウマいものがある。一つの街にとどまっていては、その全てを味わいきれない。勿論利便性の高い街に住んでその場で料理を食べるという手もあるが、やはりしっかりと食べるなら本場に行くべきだ。想像もしていなかった味との出会いは、本当に楽しいもんだぞ。……お前達はあの街でずっと同じような献立を食べ続けていたのか」
「え、いやまあそれなりに色々……」
「でも、同じメニューが来ることは結構あったわね」
「なら、楽しみにしておくんだな。この事にケリがついて、俺達の旅にも区切りがついたら、各所を回って鍛えた俺の料理の腕を見せてやる」
「「……ご、ゴクリ」」
フェイの言葉を話し半分で聞いていたイルとララだったが、彼の自信満々な言葉の数々に思わず喉を鳴らす。そういえば今日は朝から何も食べられていなかったな、などと思いながら、二人は自分達の見たこともないような食事に思いを馳せるのだった。
彼らが談笑し始めてからしばらく経つ。今回は転送装置から新しく住人が運ばれてくるインターバルが少し長く感じられた。これまで通りならば、もう少しで来てもおかしくないという頃合いのはずだ。談笑の空気から、それにすら彼らは気付かずに過ごしていた。
だが、平和なひと時を五人が謳歌していた、そんな時だ。倉庫の外が妙に騒がしくなる。もとより街中で、加えてピースの人間やシャルペスの住民の出入りがある以上、人の話し声なんかは聞こえることがあったが、それとは異色のものだ。それに気付いたのは、明らかに外から聞こえる声色に暴力的な色が加わってきた頃。
「なんだ?」
一同は話を示し合わすこともなく中断し、辺りを見渡す。この中で最も戦闘経験のあるフェイは、人が言い争い合うような声が聞こえてくる方へと歩み、近くの壁に耳を当てた。
その瞬間だ。突然の爆発音、そして、幾つもの乾いた破裂音が外部から聞こえてくる。銃声だ。それを耳にしたフェイとレプトは顔を合わせ、警戒を浮かべる。反面、銃器にすら疎いシャルペスに暮らしていた面々は何が起こったのか分からずにいた。
「外で何か起こってんな」
「……俺が様子を見て来よう」
フェイは真っ先に宣言し、外の様子を確認しようと壁から耳を離し、倉庫の出入り口へと向かおうとした。しかし、それよりも前に状況が変化する。フェイの向かおうとした出入口が、外から開かれたのだ。鉄の重い扉は乱暴に開かれ、同時に、外から人影が入り込んでくる。
「……アルマ?」
倉庫に入ってきたのはアルマだった。彼女と以前から知り合いであるレプトは、彼女を目にするとすぐに状況を聞こうとした。しかし、その意志はすぐに断ち切られる。それは、彼女の表情がこれまでに見せてきた穏やかなものではなかったからだ。彼女が顔に浮かべていたのは、冷え切った怒り。それは、彼女とある程度の仲を築いてきたレプトが声をかけるのを躊躇うには充分なほどのものだった。
「アルマさん、外で一体何が……」
彼女と最も近い立ち位置にいるフェイは現状について彼女に問う。だが、アルマがそれに言葉で答えることはなかった。彼女はツカツカとフェイに早足で歩み寄ると、その腰に提げた細い剣を抜き放ち、切っ先をフェイの首に突き付けた。




