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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
368/391

邂逅ーカスミー

「二人共、本当に大丈夫なの?」

「へーき。今はちょっと……休ませて」

「俺も同じくだ」


 転送装置の備えられた広い倉庫の中、カスミ達三人家族は久方ぶりに家族だけの時間を取っていた。元々、カスミがシャルペスに帰ったらすぐに家族でゆっくりとした時間を確保できるはずが、こんな事態になってしまった。事実を知って以降は誰かしら一行の内の誰かがいた上に、家族水入らずの状況をつくりたい、なんて言える状況ではなかった。メリーがカスミ達にこの場に残るように言ったのは、合理的で全員の安全を確保という名目を持ちながら、気遣いのためでもあったのだろう。本当に全員の安全を確保するなら、この場からジアは離れてメリーとリュウの護衛につけるべきなのだ。

 ただ、家族水入らずの時間、と言ってもそんなに真っ直ぐに受け取れるものではなかった。家族三人がハッキリと三人一緒にいたと思い出せる記憶は、例のカスミが怒りに我を忘れたあの時のこと。もちろん、中央塔での合流もあったりはしたが、会話はしていなかった。最後の記憶があれであるがために、全員が全員、どう話し始めていいか分からずにいた。

 そんな中、両手両足を放り出し、床に寝転がっていたカスミが声を上げる。


「ねえ、お母さん、お父さん」

「どうしたの?」

「何かあったか?」


 娘の両サイドをぎこちない表情で固めていたフレイとジアは、カスミの言葉に一瞬で反応して彼女の表情をうかがった。それは、殴られたための恐れからなどではなく、どうしても距離を測りずらい状況にしてしまった責任を感じ、必死に関係を好転させようという夫婦の努力だった。

 両親の目が向かった先の娘の表情は、清々しくも、どこか納得がいかない、そんな複雑な表情だった。カスミはため息を吐いて上体を起こすと、二人に背を向けたまま話し出す。


「やっぱりさ、私……お母さん達のしたこと、許せない」

「カスミ……」

「……すまない」

「いや、その……ううん。私に謝ってほしい、とかじゃなくって、その……」


 そこに、ロンという最強の男を倒したというカスミはいなかった。そこに小さく体を縮めて座っていたのは、ただの両親とどう話していいか悩む幼い少女だった。


「私、帰ったら……二人といっぱい、楽しい話が出来ると思ってた。外で起きた大変なこととか、面白かったこととか、馬鹿で頼りになる仲間達の話とか、さ……。それで、三人で外に出られた時には、また新しい体験が出来るんじゃないかって。……玄関で抱き合った時、そういう幸せな考えで頭がいっぱいだった」


 カスミは胡坐をかいて座り、ぎこちなく指先を動かしながら、詰まり詰まり自分の素直な気持ちを吐露する。


「でもほら、色々な事が分かって……すごく、ショックだった。お母さん達がちゃんと話してくれなかった事とか、こうじゃなかったらもっと嬉しい再会になってたんじゃ、とか考えたら、怒るのに歯止めが効かなくなっちゃって……久しぶりに会って、抱き合ったのも、嘘だったんじゃないかって……」

「「違うッ!」」


 ポツポツと語っていたカスミの言葉に、フレイとジアが同時に声を上げてそれを遮った。突然の両親からの否定に、カスミは少し肩を震わせて二人を振り返った。そのまんまるの瞳には、少しの涙が含まれていた。娘のそれを見た夫婦は、心がチクリと痛むのを感じながらも、顔を見合わせ、代わる代わる話した。


「あの時は、俺達もぐちゃぐちゃだったんだ。久しぶりにカスミに会えて嬉しかった。だけど、危険だって分かってたから、喜びきることが出来なくて……」

「すぐに外に追い出すことしか考えられなくなった。だから、カスミの友達を攻撃して……それも全部カスミをもう一度助けるためで、嬉しさに夢中になってる暇はなくて……ごめん、言い訳ね」


 フレイとジアは、自分の心中をまとめてカスミに露わにすることが出来なかった。それは言い訳をしたいとか、恐ろしいだとか、そんな下らない感情のためじゃなくて、ただの(つたな)さのためだった。平和を装ったシャルペスでの暮らしを謳歌していたために、家族で激しい衝突をすることなんてなかったのだ。二人は言葉が上手く出てこないと感じると、チラチラと互いに顔を見合わせては、同時に娘に目を向けてみたり、逸らしてみたりを繰り返していた。


「やり直そ」


 ぎこちない空気が漂っていた中、カスミがふと口を開く。両親が顔を上げて見てみれば、彼女の顔には満面の笑みがあった。


「全部が終わって、私達も落ち着ける時間をつくれたら……最初は私が外でどんな風に過ごしたかを聞いて? どんなことがあって、どんな風に頑張ったか、一つ一つ、ちゃんとよ? それで、レプト達のことも話したくて……あ、もちろんだけど、あと四発殴り終わってからね」

「「えっ」」


 良い話に進んでいたはずのカスミの言葉の中に、あまりにも聞き捨てならない言葉が投下されたのを耳にしたフレイとジアは真顔になる。そんな二人を前に、カスミは何が変なのかという真面目な表情をして続けた。


「当たり前でしょ? 許してないって言ったじゃない」

「え、いやその……それは、だな」

「……カスミ、お母さんにだけはちょっと優しくしてもらうっていうことは……」

「無理、アレは絶対許せないから」

「「あ……あぁ、はは……」」

((大変な娘を持っちゃったな……))


 これだけは絶対に譲らないというカスミの宣言を前に、フレイとジアは引きつった笑いを浮かべる。やっぱりすごく痛かったのだろう。避けられるのであれば避けたいという二人の甘い気持ちは、娘本人によって無慈悲にもぶつ切りにされる。この何ともいたたまれない気持ちを持った夫婦二人の笑みは、とてもヘンテコなものだったんだろう。目を開けて両親の顔を見たカスミは思わず吹き出し、腹を抱えて笑いだした。それを目にした夫婦は互いの顔を見ると、同時に吹き出す。そこには、取り繕いややり直しなんてものが必要あるとは思えない、家族の団欒(だんらん)があった。


 そんな風に、カスミ達が久方ぶりの家族との時間を楽しんでいた時だ。三人が円をつくる場所からは幾分か離れた、倉庫の出入り口。赤茶に錆び付いた鉄の扉が、大きな金属の擦れる音を立てて開く。ピースかレプト達の迎えか、あるいは襲撃者か、どちらにせよ対応を求められた三人は少しの緊張を持って身構える。負傷した娘と夫を庇うようにジアは二人の前に立った。

 倉庫の入り口には、一人の女がいた。死人のような生気のない白い顔、所々に黒髪が微妙に残った白髪、夜闇のような藍色の双眸。それらを携えた長身の女を、カスミは母の背中越しにしっかりとその目に映し込んだ。


 リベンジの長、ソーン。そこにいたのは、紛れもなくその人物だった。

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